第4幕『まだ背負えない重さのまま』
「行くぞ、セブン!」
《了解。質量調整、アクティブ》
「支点、形成完了。軌道、開通します」
アリスのワイヤーが空中に銀線を描く。
まるで空間に座標を書き込むような精密さだった。
一歩、踏み込む。
ワイヤーを蹴ると、脚が吸い付くように跳ねた。
浮く。速度が乗る。空中で質量を一点増加。
セブンが手の中で、重みを帯びた剣に変わる。
「ッらぁあああ!!」
振る。斬る。
ガラッドがギリギリで交差受け。
剣と剣が打ち合う音が、金属じゃなく岩石みたいに重かった。
「いいねぇ……そう来なくっちゃな!」
ガラッドが反撃に転じる。だがその刹那。
彼の足元から、銀線が立ち上がる。
「第二支点、補助接続」
「チッ!」
動きを封じられる前に跳び退くガラッド。
その空中を、再度軌道修正で跳ぶ。
「セブン、軽くッ!」
《軽量モード、再構成》
振る。今度は早さで。
だが——
「遅ぇよ!」
ガラッドの剣が、こちらの攻撃をはじき返した。
姿勢を崩され、地面に着地。膝を滑らせながら距離を取る。
「くそっ……!」
「ワイヤー展開、第三支点、上方接続」
アリスが宙を駆けるように跳び上がり、上空からの奇襲。
けれどガラッドは後ろへ回転し、斜面を転がるように一気に間合いを断った。
呼吸が乱れない。
一撃一撃が重い上に、無駄がない。
戦闘そのものに慣れすぎている。
そして——次の瞬間。
すっと剣を下ろし、ガラッドが後ろへ跳んだ。
「撤退だ。残ってる奴ら、回収しろ」
背後で倒れていた5人のうち、まだ動ける3人が、気を失ったままの2人を抱えて走ってくる。
「……え?」
思わず声が漏れた。
「もう終わり?まだ手加減してるように見えたけど……」
ガラッドは、ちらとこっちを振り返る。
「本気は出してねぇよ。でもな、あれだ。面白くなる前に壊すのは、趣味じゃねぇ」
それだけ言って、森の奥へ引いていった。
斜面の草が揺れ、気配が消えていく。
残された空気は、やけに静かだった。
《評価:敵指揮者“ガラッド”は、戦況判断力に優れる。撤退判断の早さは、下策ではない》
「……あいつ、マジで強かったな……」
セブンの分析に、ただうなずくしかなかった。
あれが、“人間”だ。
人攫いだろうが何だろうが、剣で生きてる奴の気配だった。
「にしても……」
ふと横を見る。
少女は、まだ淡々とした顔で、ワイヤーを格納していた。
「……さっきの、すげーな。あれ、全部……自分で操作してんの?」
「補助端末による自律駆動。可能です」
「……いやもうちょい会話っぽくしてくんねぇかな!?」
斜面に腰を下ろした。
草の匂い。汗の味。喉が、痛い。
ふぅ、と息を吐いたつもりだったけど、出てきたのは空気じゃなくて、反省だった。
「……強かったな、あいつ」
《主観評価:同意。生存本能、技量、状況制御……どれも高水準》
「知ってるよ。オレも斬られそうだった」
ワイヤーの少女が、すでに戦闘モードを解除していた。
スカートと袖が再装着され、見た目は“ただの巡礼服の子”に戻っている。
けど、さっきの動きが、頭から離れない。
無表情のまま、寸分の狂いなくワイヤーを射出して、
軌道を変えて。丁度、オレの踏み込む位置に足場が出来た。
……いや、合わせてくれてたのか、あれ。
「その……ありがとな。さっきの、なかったら正直ヤバかった」
「感情反応は、出力対象外です。処理不要です」
「そっか、そりゃ残念でしたー……」
なんか、ちょっとだけ寂しい。
「……あのさ……」
言いかけて、口をつぐむ。
何を?
聞くのか?
「君はいったい何なんだ?」って?
隣を見ると、少女は真っすぐ前を見ていた。
表情は変わらない。ただ、前を……。
この子は、人間じゃない“何か”なんだろう。少なくとも、見た目の通りではない。
でも。
そういうの全部込みで、今助けてくれた。
「改めて自己紹介しとくよ。オレは……」
「グラビティヒーロー・リク、と登録済みです」
「……いや、ごめん、それ、全力で忘れて。普通にリクでいいから」
「了解。リク、別名“グラビティヒーロー”として記録しました」
「いやだから忘れろって言ってんだろ……!」
思わずツッコんでしまったが、まあいい。伝わったならそれでいい。
少女は一拍置いて、ほんの少しだけ顎を引いた。
「わたしは、LC-01-A-03アリス・リドル。と登録されています」
その声は静かで、どこか録音された音声みたいだった。
——やっぱり“名前”って感じじゃない。
けど——言ってくれた。それだけでも、なんかちょっと嬉しかった。
「……なあ、あんたって、一人で旅してんの?」
「旅の定義が曖昧です。現在は単独行動中です」
「じゃあ、今日だけでも、いっしょにいかね?」
一瞬、何も言わなかった。
けれど、少女はゆっくりとこちらに向き直った。
「了承。護衛及び補助は、現在の仕様上、優先度中位です」
どこまでもマニュアル対応。でも——
「お、おう。よ、よろしく……?」
並んで歩き出す。どっちが前とか、決まってないまま。
けど、思った。
あのまま、アイツ……ガラッドが本気を出してたら、きっと負けてた。
セブンの重さも、アリスのワイヤーも、
うまく使えなかったのは、たぶんオレのせいだ。
足りなかったのは、基本的な身体能力と、咄嗟で活きる経験。
そして、なにより…。
——“覚悟”だ。
あのとき、オレは迷ってた。
人を斬ること、命を奪うこと。
やるしかなかったのに、どっかでブレーキを踏んでた。
……それで、勝てるわけがない。
「なあ、セブン」
《応答》
「オレ、目標をひとつ追加する」
草を踏みながら、空を見上げる。
「“オマエと一緒に、強くなる”」
《記録。新目標:共有成長。承認》
「よし」
風が吹いた。遠くに、尾根道の続きが見えた。
次は、もうちょいマシな戦いができるように。
それまでに——
この“重さ”を、ちゃんと背負えるようにならなきゃな。
——the episode’s end.




