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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第1部4話 『機械的な少女』
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第3幕『人攫いのガラッド』


 剣を抜く。重さはまだ軽いまま。

 セブンの質量は“走れる範囲”に抑えてある。今はまだ、タイミングじゃない。



 草の上に足を滑らせた瞬間、斜めから飛んできた斬撃。咄嗟に伏せてかわす。



 「ッ、このっ……!」




 すぐにもう一人が横から突っ込んでくる。槍。踏み込みが浅い。右へ回避。

 回転しながらセブンを振るが、刃はわずかに空を切った。



 空間が、広すぎる。

 起伏がなく、跳ぶものも、掴むものもない。



 ——動きにくい。


 「……駄目だ、足場が“死んでる”」




 オレは空間を使う戦い方しかできない。

 障害物も支点もない開けた野外。そもそもここ、パルクール向きじゃねぇ。



 数で囲まれ、斜面で移動すれば足を取られる。

 しかも、相手は無策じゃなかった。


 「左、仕留めろ!」


 「三番、後ろ取れ!」



 さっきのヤバいやつが、後方で淡々と指示を飛ばしてくる。


 全員、慣れてる。

 単なる人攫いじゃねぇ。

 まるで、特殊部隊とか軍隊みたいだ。



 「ッ、ぐ……!」


 剣を交差させて刃を受け止める。が、もう一人が横合いから殴りかかってくる。

 セブンで受けても、二人目の攻撃に対応できない。


 一歩、下がる。もう一歩。



 まずい、このままじゃ——




 そのときだった。


 ぴしゅっ。



 風を切る音。続いて金属の“何か”が刺さる音。


 「うあっ!?な、なんだ!?」



 オレの目の前、敵の肩口に何かが食い込んでいた。


 銀色の線。極細のワイヤーのようなものが、斜め上から一直線に突き刺さっていた。




 ……いつの間にか、少女が動いていた。


 さっきまで、ただ立っていたはずの彼女が、今は敵の背後——

 草を一枚も揺らさず、無音で踏み込んでいた。

 冷たい瞳のまま、両腕をわずかに動かす。


「第一支点、射出完了。次、左手より補助軌道……展開します」



 言ってる意味は分からない。だが、その動きは確かだった。


 ワイヤーがもう一本、別の男の脚を絡め取る。


「動けねぇ!?なに、これ……!?」



 その一瞬の隙を、逃さない。


「ありがとな!」


 踏み込む。重心を低くして、セブンを“叩きつけるように”振る。

 質量はその瞬間だけ、ワンランク上げた。相手の刃ごと押し潰す。


「ッらぁッ!」



 地面に転がる敵の剣が、乾いた音を立てて跳ねた。

 気づけば、もう一人の肩にも、少女のワイヤーが巻きついていた。

 わずかに身体が引かれた瞬間を狙って、後頭部に蹴りを一発。沈む。




 ——気づけば、六人中、五人は地に伏していた。



 息が上がる。

 汗が首筋を伝う。

 それでも——なんとかなった。




 ……いや、まだだ。


 一人だけ。



 あの男だけは、ずっと動いていない。

 腕組みを解き、ゆっくりと歩いてくる。


「へぇ……やるじゃねぇか、おふたりさん。まさかここまでやるとは思ってなかったぜ?」


 口調は変わらない。だが、その目は、さっきよりもずっと静かで冷たい。



「さて、ここからが本番だ。こっちはこれで、やっと楽しめるってワケだ」


 男が剣を抜いた。

 その刃が、陽にきらりと光る。



 男が剣を抜く。

 細身だが長い。刃には無数の傷跡があった。戦い続けた証だ。


 ひとつ呼吸を吐いて、男はゆっくりと顔を上げた。


「……名乗っとくか。俺はガラッド。傭兵上がりの、今は人攫い業」



 一拍。



 男の目がこちらをまっすぐに見据える。


 「……おい」



 低い声が、風に混じって届く。


 「お前らの名前は?」



 あ——それ言わないといけないんだ。


 「あ、ああ、えっと……」


 不意打ち気味の問いに、思わず少し背筋を伸ばした。


 「オレは、ミナセ・リク。……いや、まあリクで」


 

 隣で少女が一歩前に出た。


 「LC-01-A-03、アリス・リドル。と登録されています」


 ワイヤーを微かに震わせながら、まるで定型文のように告げる。




 「……グラビティヒーロー・リク……か」


 ガラッドの口元がわずかに歪んだ。



 「……いい名だ」


 「……あっ、うん。いや、そこ真顔で拾うんだ……?」



 茶化す様な気配はない……。

 この人、本気だ。

 自分で名乗っちゃったのに何だが、なんか照れくさい。



 《情報処理補足:ユーザーの心拍変動。照れ》


 「やめろセブン、そういうの実況すんな……!」



 顔が熱くなるのをごまかすように、セブンを握り直した。



 その瞬間、ガラッドが踏み込んだ。



 速い。


 「——っ、来るぞ!」


 《初動加速度:9.8 m/s²。予測回避開始》


 言われる前に動いていた。

 斬撃を読み、ギリギリで紙一重のバックステップ。



 「はっ!」


 反動を活かして横から斬り返す。が——



 「甘ぇよ!」


 ガラッドの剣が、オレの斬撃をなぞるように滑った。



 かちり。


 刃と刃が、わずかに噛み合ったまま押し返される。


 「……マジかよ……っ」



 セブンの質量、軽すぎたか?

 いや……違う。

 斬撃の当たるタイミングをずらされた。




 一撃のたびに、骨の奥が痺れる。


 あの目だ。感情を乗せないまま、正確に急所だけ狙ってくる。

 反応が遅れれば、一発で終わる。



 足が、じりじりと下がっていく。



 ——そのときだった。


 「ワイヤー展開。第一支点、射出」


 背後から少女の声。


 銀の線が空気を切って伸びる。ガラッドの脚を絡め取るように——



 「……よぉ、次はそっちか」


 足を引っかけられたはずのガラッドが、膝を落として体勢を変える。


 次の瞬間には、ワイヤーの張力を利用して逆に跳び、

 空中から少女に一閃を振るっていた。




 金属音。


 彼女は、咄嗟に反対の手からワイヤーを飛ばして剣を弾き、ギリギリで身を反らして回避。だが裾が裂けた。


 「ふっ、惜しいな。もう少しで触れたのに」


 着地の土煙からガラッドが現れる。


 「二人とも悪くねぇよ。けどなぁ……バラバラに攻めたって俺は崩せねぇぞ?」



 笑ってる。完全に遊ばれてる。


 「……ダメだ。今のままじゃ、各個撃破される」


 ワイヤーも質量操作も、それぞれ強い。

 でも、それだけじゃ、この男には届かない。



 どうする?

 どうすれば——



 「……なあ」


 隣に並んだ少女に、声をかけた。


 「オレらのタイミングに上手く合わせるとか、できる?」


 「可能です。“支点生成”と“補助軌道”、切り替えます」


 「えっ、わりと即答だな!? こっち初対面だけど!?」


 ——返事はなかったが、

 その瞬間、ふわりと少女の衣がほどけた。



 水色の袖が、両腕から静かに滑り落ちていく。

 腰のあたりでスカートの布地がわずかに浮き、内側のフックがひとつ、またひとつと静かに外れていく音がした。


 気づけば、服の輪郭が変わっていた。



 肩は露わになり、スカートはひと回り短くなっている。

 まるで、巡礼服の外側だけを脱ぎ捨てて、何か“別の役割”の装いが現れたみたいだった。



 風もないのに、黒髪がゆっくりと揺れた。


 その姿に、ゴクリと喉が鳴った。

 可愛いとか綺麗とか、そういう意味じゃない。



 露出した二の腕と太腿に、わずかな違和感。


 質感。線の入り方。

 それは肌というより、何か作られたもののようで——

 関節が、わずかに“カチリ”と鳴るたびに、現実感が遠のいた。



 「……っ、おい……」


 思わず声が漏れた。



 関節部が球体状に構成された、機械のような肘・手・膝。


 皮膚は金属質というワケでは無く、普通の肌……に見える。だが、動くたびに小さく“カチリ”と音が鳴る。


 手の甲、二の腕、太腿。

 ワイヤーの射出口が、すでにうっすらと展開し始めている。



 「この子……人間じゃ……ない?」


 思わず声が漏れた。


 ガラッドも、さすがに目を細めた。



 「おいおい……そういうモンか。こりゃまた、ずいぶんと精巧な……」



 アリスが、太腿の射出口からワイヤーを伸ばし、自身の身体を地面にしっかり固定。

 次いで、手の甲と二の腕からワイヤー射出。空間を区切るように、幾何学模様が生まれていく。



 《戦術提案:彼女のワイヤー展開に合わせての跳躍補助。初速次第で斬撃軌道の変更が可能》


 「おう、やるか!!……でも、失敗しても責めるなよ……」


 ガラッドが前傾姿勢を取った。

 気配が変わる。



 さっきまでの余裕が、きれいに消えていた。




 「——来いよ、“グラビティヒーロー”。お前が名乗ったからには、ちゃんと落とす。地べたにな」


 風が鳴った。


 一瞬で間合いを詰めてくる。速度が違う。

 けど——こっちも、準備は整ってる。



 「よし、セブン——行くぞ!」


 《了解。質量調整、アクティブ》


 「支点、形成完了。軌道、開通します」


 踏み込む。ワイヤーに足をかけたその瞬間、脚が弾かれたように跳ねた。


 “跳躍補助”。言葉の意味が、体で分かった。



 空中で回転、セブンの質量を一瞬だけ増やす。

 剣が空気を裂く音が、重たく響いた。




——to be the next act.

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