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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第1部4話 『機械的な少女』
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第2幕『ヒーロー見参!!』


 この世界の街道ってのは、想像以上に歩きにくい。


 いや、道なき道ってわけじゃないんだけど、雨のあとはぬかるむし、石畳なんてどこにもない。馬車が通ったあとの轍に足を取られそうになるたび、セブンの鞘が腰でギシギシ鳴る。


 「はぁ……これでまだ“序盤”ってやつなんだよな……?」


 《確認:現在地は旧交易路。前線までは直線距離で約184km。徒歩での平均移動日数はおよそ6日》


 「その“平均”に、ひ弱な現代人の体力とか山道とか、考慮されてるか?」


 《未反映》


 「知ってた」



 尾根道を登ってくと、木々の間から谷が見えた。地図で見た通り、北の方角。あっちが前線らしい。まだ遠いけど、方向だけでも分かると少し安心する。


 そのときだった。


 《前方、右上——動体反応。人影》


 「え?」


 セブンの警告と同時に、視界の端に動くものがあった。


 森の斜面。枝の間、切れ間からちらっと見えた小さな影。

 ……人、だ。しかも、走ってる。


 全力で。



 その髪の色。服の色。小柄な体格。


 ——昨日の、あの巡礼服の少女だ。


 「……待て、なんであんなとこに」



 姿がまた木に隠れた。ほんの数秒の出来事。



 《追跡者、確認》


 セブンの声が、ひときわ硬質に変わった。


 「追われてる、ってことか……?」


 《肯定:その可能性が高い》



 もう一度、斜面を見た。木々の間から、別の影がちらつく。背が高い。動きが早い。二人、いや三人。

 距離があるせいで顔までは見えないが、少なくとも“友達を呼びに行った”雰囲気ではなかった。



 「くそ……」


 状況はまだ何も分からない。

 けど、走ってたあの子の顔は、昨日と同じだった。


 無表情で、感情が見えないのに、遠くからでも焦ってるのが分かった。



 「……見捨てたら、あとで絶対後味悪いヤツだよな、これ」


 《戦闘リスク、現段階では不明。介入の合理性は低い》


 「でも、助けに行く。オレは“重い剣”を持ってるからな。こっちから動かねぇと、何も変わんねぇ」



 腰のセブンを軽く叩いた。質量制御はまだ使わない。使うときは一発で決める。


 「行くぞ」


 《了解。感情優先思考、確認》



 斜面の脇の獣道に飛び込む。重い鞄が肩にぶつかるのも無視して、全身で風を切る。




 葉が顔にかかる。枝が足元をすくおうとする。

 でも目は、あの少女の背中だけを追っていた。


——


 森を抜けた先、斜面の途中がぽっかり開けていた。


 草を踏み荒らしたような細長い空間。その真ん中に、あの少女——昨日の巡礼服の子が立っていた。



 ……囲まれている。


 6人。

 どれも腕に入れ墨、剣や鉈を持った、いかにもって感じの連中だ。



 少女は無言だった。

 逃げるでもなく、叫ぶでもなく、ただ足を止めていた。


 だが分かる。あれは諦めたんじゃない。逃げ場がないだけだ。




 「動くなよ、そこの嬢ちゃん。手ぇ出さなきゃ、丁重に扱ってやるぜ」


 下卑た笑い声が、斜面に響いた。



 その瞬間、体が勝手に動いていた。


 草むらを蹴って跳び込む。

 駆け上がってきた人攫いの一人の背後に、足をかけた。


 「……っと失礼!」



 パルクール仕込みの空中回転。

 勢いのまま、片足で後頭部を蹴り飛ばす。


 「ぐぇっ!?」


 そのまま地面に転がる相手を横目に、もう一人の腕を払ってひざ蹴り。

 セブンはまだ使ってない。けど、動きだけなら——こっちは慣れてる。


 「誰だてめぇッ!?」



 囲みの輪が一瞬崩れ、代わりに視線が集まった。


 その中に、ひときわ目を引く男がいた。



 黒い外套に鉄の腕当て。

 髪は片側だけ剃り上げて、左目には傷跡。

 歳は三十代前半ってとこか。



 腰の剣を抜いてないのに、周囲にいるだけで空気が違う。


 ——ヤバいのがいる。


 そいつが、ふっと笑った。


 「おいおい……まさか助けに来たのか?そのガキ一人のために?」



 口調は軽い。でも目が笑ってなかった。


 「関係ねぇけどな。邪魔するヤツは、等しく“商品価値”ゼロだ」


 一歩、前に出てくる。



 その足取りで分かった。

 たぶん、コイツは“命のやり取り”みたいなのを何度も経験してる。


 剣もまだ抜いてない。なのに空気だけで、こっちの体温がスッと下がる感じがした。



 ……戦ったら、たぶん“痛い目”じゃ済まない。


 心臓が、変な音を立ててる。


 魔王軍とだって戦った。前線も目指してる。

 でも相手は“人間”だ。生身で、同じ目をしてる。



 命を取り合う覚悟なんて、まだ持ってない。


 「……でも」



 深呼吸。

 言い聞かせるように、腰の剣に手をかけた。


 これは“英雄ごっこ”じゃない。

 でも、誰かを助けるって決めたなら——


 「……テンション上げてかないと、やってらんねぇな……!」



 自分の声で、自分を殴るように叫んだ。


 「——グラビティヒーロー、見参ッ!!いくぜ相棒ッ!!」


 腰のセブンが、カチリと鳴いた。


 《Higgs field stabilized. Ether pathway aligned.

 Reboot complete──出力調整フェーズ、起動。

 ……戦略の提案を求む》


 鞘の中から光が漏れる。


 剣の刀身に、英語のような光文字が浮かび上がった。


 その一瞬、重力が変わる。


 体がふわりと軽くなり、服の裾と髪がわずかに浮かぶ。

 まるで、世界がほんの一秒だけ“跳ねた”ような感覚。


 「戦略なんかねえよ!!でも今この瞬間から、万有引力はオレの私物だ!!」


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