表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第1部4話 『機械的な少女』
14/80

第1幕『大きな瞳の女の子』


 乾いた土の匂いと、軋む木車の音。


 荷台の上から降ろされた麻袋が、鈍い音を立てて地面に転がる。



 「はっ、重っ……!セブン、これ中身、小麦だよな……?」


 《確認:中身は精白小麦・約40kg。人体単独による搬送は、筋力負荷に留意が必要》


 「なら最初から言えよ、その“人体単独”ってヤツがオレなんだよ……」



 セブンの冷徹なアドバイスに毒づきながら、腰を伸ばした。



 街道沿いの小さな宿場町。その裏手、納屋の脇に停められた商隊の荷馬車。

 臨時雇いのアルバイトとして、荷下ろし作業に借り出されていた。




 「……はあ、異世界の第一歩がコレかよ。オレ、剣持ってるし、なんかもうちょいこう、こう……ズバッとモンスターとかをだな……」



 脳裏に浮かんだのは、血煙を上げるモンスター、風に靡くマント、そして空を裂く一撃。


 《妄想と現実の乖離を確認。現状、対象敵性体は存在せず、荷物の方が危険》


 「だまれ、危機感の向きがおかしいぞセブン」




 そう言いながら麻袋を下ろし、次の荷を取りに振り返えると——そこで、異様な光景に出くわした。


 ひとりの少女が、荷車の傍らで佇んでいる。


 小柄だ。歳は十三、四……か? 白と水色の巡礼服が、土埃の中でやけに浮いて見える。

 少女の手には、木箱……。



 「……は?」



 思わず二度見する。

 彼女は、その体格にはまるで見合わない大きさの木箱を、両腕で軽々と抱えていた。しかも、それをそのままの姿勢で、音もなく下ろす。



 傍で作業していた男たちの手が、止まる。



 「……おい、今の見たか」

 「アレ……中、鉄の塊だろ?動輪部品って言ってたぞ」

 「なんであんな、腕細いガキが——」



 ざわめきが、ゆるやかに広がっていく。

 だが少女本人は、どこ吹く風といった様子だった。


 淡々と歩く。規則正しい足取り。跳ねない。揺れない。重心が……ない。


 それが、かえって不気味だった。



 長すぎる黒髪が、まっすぐに背中を這っている。風もないのに、揺れ方が一定で。


 そして、少女は顔をあげた。



 金色の瞳。異様に大きな四白眼……。



 ——ドク、と心臓が跳ねる。


 瞬きをひとつ。

 その動作で瞳の大きさが際立ち、ギョッとした。

 


 可愛らしい顔だ。まるで人形。でも、違う。


 なめらかすぎる顔面のバランス。表情のなさ。

 その仕草。その眼差しは、劇でも演じているかのようだった。



 《警告:ユーザーの脳波に軽度の同期異常。対象の視線に注意を推奨》


 「……え?いや、ただ見てるだけだけど」




 彼女が、ぴたりと動きを止めた。


 そして、こちらへ向き直り、ゆっくりと一礼するように頭を下げてから、振り向く。


 「搬入任務、完了しました。次の指示を求めます」



 その声は、よく通る可愛らしい声だった。が、どこか“感情の仮面”を被ったように感じられた。



 「なんか、口調がオマエみたいだな。セブン」


 《異議:当ユニットの応答は、より精緻かつ論理的構造を備えている》


 「……地味にムキになるなよ」



 抑揚は丁寧だが、どの語尾も、完璧すぎる均整で終わっている。

 まるで台本通りに、音声演技しているような。


 ……なんだろう、この子


 オレは無意識に、手に持っていた麻袋を下ろしていた。


 あの木箱の重さ。

 歩き方。

 瞳の奥に宿る、何かの“欠落”。


 この少女、どこかが、決定的に“人間の動き”じゃなかった。



——



 数分後、荷下ろしはひと通り終わった。

 息を吐いて、納屋の壁にもたれかかる。


 「ふぅ……終わった……。あ〜、腰やば……」


 《ユーザーの筋肉疲労、推定46%。次回作業には休息を推奨》


 「うるせぇ、デリカシーの欠片もないな……」


 肩を回しながら、ふと空を見上げた。


 抜けるような青。

 穏やかで、平和そのものの空。




 ……でも、ふと思い出す。


 最初の街に着いたとき、ギルドの掲示板で見た戦況マップ。

 たしか、魔王軍との前線は北って書いてあった。間違いなく。



 じゃあ、なんで——

 ルルのいた神殿都市が、あんなタイミングで襲われる?


 地図で見た限り、あの街は前線から遠い。普通に考えて、戦略的価値も高くない。


 偶然って言うには、タイミングが良すぎる。まるで最初から、誰かが"あの時"に"あの街"を狙ってたみたいに。



 「やっぱルルか? それともオレか。あるいは、セブン……?」


 《申請:未確認要素に基づく推論に慎重を推奨》


 「お前がそういう言い方すると逆に怪しいんだよなぁ……」



 苦笑していると、ふと視界の端に、白と水色の影が映った。

 さっきの怪力少女が、作業場から静かに立ち去っていく。


 軽い足取りで、黒髪をまっすぐ背に流しながら……。

 だが、彼女を見送る視線が、もうひとつ。


 納屋の反対側、少し離れた荷馬車の影。

 皮の鎧をだらしなく着て、酒臭そうな笑いを浮かべた男たち。


 あいつら、さっきまで荷の持ち主と話してた雇われ傭兵だ。

 そのうちの何人かが、彼女を見ながら、ニヤニヤと何かを囁き合っていた。



 距離があるせいで、何を言ってるかまでは聞こえない。

 でも、見ればわかる。あれは、ただの興味じゃない。



 好奇心と、品定めと、それと……下心。


 そういう目で見ていた。



 自然に目を逸らす。

 干渉する気はなかった。ただ、胸のどこかに、引っかかりだけが残った。



 あの子、なんか……嫌な目で見られてる。


 彼女は、その視線に気づいていないのか、ただ静かに、まっすぐに通りの角を曲がっていった。


 街の喧騒にまぎれて、さっきの笑い声も消えていく。



 ……この世界は、思ってたより人間くさい。

 だからこそ、嫌な予感ってやつも、こうしてちゃんと伝わってくる。




——to be the next act.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ