第3幕『ポンコツ貴族のご入城』
街の門が見えたとき、商隊のロバが小さく鳴いた。
土煙をまとって歩き続けてきた旅路の終着点。
城壁の向こうには、青い屋根の家々が折り重なり、鐘楼が高く突き出ている。
《補足:現地の通商事情は流動的。国境通行には十分な情報と資金の準備が望ましい》
「お前、もう商人みたいなこと言ってんな……」
「ついたな。お疲れさんよ、若ぇの」
商隊長の親父が肩を叩いてくれる。
その手は、分厚く、ひび割れていて、何より重かった。
「……あの……その手、すごいっすね。どうしたら、そんな感じになるんすか?」
「二十年も荷を運びゃ、嫌でもこうなるさ。お前は……手、きれいすぎるな?」
少しだけ自分の手のひらを見た。
たしかに、マメひとつない。
いや、それどころか——
「……シラミの一匹もついてないじゃねえか。旅してたのに?」
隊員のひとりが、まじまじと、こっちを見てくる。
シャツのほこりを払った拍子に、柔軟剤の香りがしたのか、眉をひそめて言った。
「おいおい……まさか香水か? お忍びの貴族様ってやつか?」
「バカ、帝国に攻められた国の、落ち延びた王子って線もあるだろ。着てる服も、よく見りゃえらい上等だ。どう見ても只者じゃねぇ」
——いや待て。誰が王子だ。
そのうち、誰かが「騎士学校の落第組って噂も聞いたぞ」などと言い出し、
ついには街の門番まで、
「おお、お戻りですか“お坊ちゃま”。お荷物は、手配いたしますぞ?」
とか笑顔で茶化してきた。
《補足:本ユニットは王族プロトコルを実装していない。誤認識の訂正を推奨》
「余計こじれるって!」
セブンと口論してる間に、商隊はどんどん荷を下ろし始め、
周囲では街の子供たちが「おうじさまー!」と手を振ってくる始末。
手を振り返しながら、額に手をあてて天を仰いだ。
こないだ、ルルに「世間知らず」だのなんだの言った気がするけど——
「……どう考えても、オレとセブンのほうがポンコツだな」
《観測評価:この世界における“常識”とは、文化的および衛生的均質性の低さに起因する選別的認知である》
「それを“常識”って言うんだよ!」
喧騒の向こうで、夕陽が赤く街を染めていた。
オレはとんでもない“異世界素人”だ。
でもきっと、世界の方は待ってくれない。
足掻きながら、進んでいくしかない。
——そう、思いながら。
——the episode’s end.




