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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第1部3話 『歩き出した、その一歩』
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第2幕『塩とロバと焚き火の話』


 「はーっ、やっと積み終わった……!」


 木箱の上に腰を下ろして、背中を反らせた。

 朝露に濡れた荷車の帆布が、微かに乾き始めている。


 その隣では、商隊の親父がロバの口元を拭いていた。


 

 「お疲れさん、兄ちゃん。……にしても、随分と驚いてたな。塩樽、そんなに珍しいか?」


 「え、だって塩って……どこでも売ってるじゃないですか。

 スーパーとかで安くて大袋で……」


 

 その瞬間、親父の手がピタリと止まった。

 そして、半笑いでこう言った。


 

 「……お前、どこの世間知らずだよ。塩をなめんじゃねえ。こいつぁ“白い金”だ」



 ロバの背に載った樽を、親父がぽんと叩く。


 「この国じゃ、塩は北の海から運ばれてくる。運ぶのに二週間。盗賊が出りゃ護衛も雇う。雨が降りゃ全部パーだ。

 これ一樽、銀貨十枚はくだらねぇ」


 「えっ……十枚?」


 

 親父は、わざとらしく両手を広げた。


 「信じらんねぇか? でも大昔に、兵士の給料は“塩”で払われてたって話もあるくらいだ」


 思わず、セブンに視線を送った。


 

 《情報ログ:塩は本地域において交易価値の高い鉱物資源。かつて“ソルト街道”と呼ばれる専用交易路が整備され、王国は“塩税”を国家収入の柱とした経緯あり》


 「……さっき知っただけのくせに、なんでドヤ顔なんだよ」



 ロバの足音が、ぺたぺたと地面を踏む。

 正直、最初は拍子抜けだった。


 “商隊”って言うから、てっきり馬が何頭もいて、革の鎧を着た護衛が……みたいな“ファンタジー的”な想像をしてたけど。


 実際には、ロバがのんびり荷車を引き、

 日除け帽をかぶったおっちゃんたちが、汗を拭きながら麦パンをかじってる。


 

 「馬はな、貴族様のもんだ。旅にゃ向かねぇ。ロバは丈夫で、足が崩れねぇし、ちっとの水でも動いてくれる」


 親父の話を聞きながら、そっと地面に座った。

 ロバの鳴き声と、遠くで鳴く鳥の声。

 誰も魔法なんて使ってないし、剣を振るってもいない。


 でも、ちゃんと“生きてる”。


 

 その夜、商隊は街道沿いの丘で野営をした。


 木を組んで火を起こし、荷車は風上にまとめて円を描く。

 煙で荷が燻されないよう、焚き火の位置は風下が鉄則だそうだ。



 「火の位置、逆逆! 煙で干し肉がダメになるぞ!」


 親父の声が飛び、若い隊員があたふたと焚き火を動かす。



 オレも真似して枝を組んだが、なかなか火がつかない。

 

 「オマエに「粒子加熱モード」とかついてたら最高なのにな」


 《当ユニットは民生用ではない。火打ち石などの調達を推奨》


 「いやそこは、“代わりに熱光線で炙りますか?”とか返してくれよ……。なんて言うか、夢がねぇんだよ、オマエは」



 焚き火を囲みながら、商隊の男たちは、ゆっくりとパンと干し肉をかじっていた。


 そのうちのひとり、隊長格の中年男が、口を開く。


 

 「この辺りじゃ、盗賊もあんま出ねぇしな。出るとしたら、峠んとこだ」


 「魔物とかは……?」と聞くと、親父は鼻を鳴らした。


 

 「話には聞くが、俺は見たことねぇ。爺さんの代にゃ、東の村で変な獣が出たって話があるくらいさ。

 それよりヤバいのは——国境の方だな」


 「国境……?」



 「帝国との境目だよ。

 この前も、巡回兵と揉めて、荷物検査の名目で馬ごと没収された商人がいた。

 “戦争中じゃない”ってのは建前よ。あいつら、難癖つけてでも巻き上げてくる」


 

 焚き火の火が、ぱちりと弾けた。

 湿った空気が、胸の奥まで冷やしていく。



 「……なんつーか。戦うために異世界来たはずなのに」


 思わずこぼれた独り言に、セブンが反応する。


 《訂正:ルセリアからの指示に、戦闘強制項目は含まれていない。

 選択権はユーザーに委任されている》


 「そうじゃなくて……。なんていうか、普通に生きていくのすら大変なんだなって。中世って」


 

 この世界には、魔物だけじゃない。


 国と国とが、武器を向け合ってる。

 損得も、建前も、腹の底にあるのは欲と恐れだ。


 

 ロバが静かに、寝息のように鼻を鳴らした。

 魔法も、魔物も、勇者もいない夜。


 その焚き火の周りにいたのは、ただ“生き延びようとする人間たち”だった。



 だけどこの世界は、こうして回ってる。


 


 ——戦う前に、“生きていく”。


 それが、最初の課題だった。




——to be the next act.

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