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境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第1部3話 『歩き出した、その一歩』
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第1幕『旅のはじまりは、荷物の持ち上げから』


 「魔王を倒す」って目標は、ブレてない。


 だけど、いきなり魔王城に突っ込んで勝てると思うほど、オレの頭はバグってない。


 この世界は、ゲームじゃない。ノーコンティニューだ。

 死んだらやり直せないし、セーブポイントもない。

 ——そう自覚できたのは、実際戦った後だった。



 あのとき……ただ夢中で、恐怖を感じる暇もなかった。

 でも後から思い返して、手の震えが止まらなくなった。

 ……そのとき初めて、“自分が死ぬかもしれなかった”って実感した。



 だからまずは、情報収集。

 今どこにいて、魔王城がどこにあるか。

 その途中に、何があるのか。誰がいるのか。どう戦えるのか。



 それら全部を少しずつ掴みながら、魔王に“近づく”。


 ……ということで、今のオレは——


 


 「よっ……と、ぅぐっ……重っ……!」


 オレは今、腕の中の木箱にぐらつきながら、商隊の荷車へ向かっている。

 両手で抱えた箱が視界をふさいで、足元の石に何度もつまづく。


 

 「気ぃつけな、兄ちゃん! 中身、ガラス瓶だぞ!」


 「あ、マジすか!? 先に言って……!」


 後ろから、陽気な声の商人が笑ってる。

 焼けた額に汗をぬぐいながら、そろりそろりと荷台へ近づく。



 ギルドの雑用依頼。

 商隊の荷運びの手伝い。戦闘はなし、完全に“荷物係”。


 それでも、オレにとっては“第一歩”だった。



 《確認:本任務は非戦闘依頼。ユーザーの筋力負荷は中程度。

 補足:この作業の意義について、当ユニットは懐疑的である》


 「うるせぇよ……こっちだって好きでやってんじゃねえ……!」



 腰にぶら下がるセブンの声が、無遠慮に耳に届く。鞘の中で黙っててくれればいいのに、今日も律儀によく喋る。


 荷台の横にいた少年が、手際よく箱を受け取って並べていく。

 オレもそれに倣って、そっと箱を置いた——つもりだったのに、


 「っと……!」


 

 ガラン、と中で何かが転がる音がして、心臓が縮み上がる。


 「瓶は無事か? ……おお、割れてねぇ。ラッキーだったな」


 「……次からもっと慎重にします……」


 

 少年の苦笑と、商人の茶化し声。

 空気がちょっとだけ、柔らかくなった気がした。



 朝の街道は、思ったよりのどかだった。

 馬のひづめが土を踏む音、風に揺れる荷馬車の幌、そして草の匂い。


 

 「……こういうのも、悪くないな」


 ふと漏れた独り言に、セブンが反応する。


 《現在の環境評価:気温・湿度ともに安定。外敵反応なし。

 心理的安定傾向:肯定》


 「……うるさい。なんで“心の状態”までログ取ってんだよ……」


 そうつぶやいてから、さっきのギルドの掲示板を思い出す。



 『王国軍臨時兵募集』とか、『薬草干し/選別補助

』、『修道院・羊皮紙の写本補助※識字不要』とか。

 いかにも、RPGっぽいようで、地味にハードな雰囲気の張り紙もあった。


 でも——



 いきなり前線に出て、魔王軍と一戦なんてのは、どう考えても無謀だし、あんまり腰据えて留まる仕事も非効率……。


 あと——正直なところ、この目で“魔物”ってやつを見たことがない。


 道端の動物は、見たことあるやつばっかだ。犬、鳥、リス、馬……時々ちょっと大きい猪がいるくらい。



 この世界にも、魔物みたいな生き物が居るには居るが、少なくとも、このあたりの街の人間は、見たことがない人の方が多いらしい。


 

 でも、意外とそんなもんかもしれない。


 「オレだって元の世界でも、野生のクマなんて一度も見たことねぇしな……」


 《現時点での戦況評価:敵性個体の目撃証言は極めて少なく、複数の対象より、実見例はないが伝聞は存在するとの証言を取得。

 総合評価:周辺地域の脅威度は、低》


 「……オマエそういうの、まとめるの早いな」


 

 聞き込みしたわけでもないのに、オレと一緒にいたときの雑談とか、ギルドの会話から情報を拾ってるらしい。


 確かにこの世界、見た目はそれっぽいファンタジーなのに、中身は思ったより“現実寄り”だ。



 森にはフツーのリスがいるし、道端には虫が飛んでる。


 街の人たちに“魔王”のことを聞いても、反応はだいたい——


 

 「魔王、ですか? なんか最近、変な国に攻め込まれてるって話は聞きましたけど……。でもまぁ、こっちまで来なきゃいいんですけどねぇ……ほんと」


 「“北の国境が抜かれたかもしれん”って……昨日、兵士が言ってたな。けどな、こっちは仕事あるし、どうしようもねぇよ」




 そんな風に言われた。


 噂はある。でも、誰も“それが明日来るかもしれない”とは思っていない。

 危機感がないというより、どこか現実味がない。

それが、むしろ怖い。

 


 「……ま、考えすぎても仕方ないか」


 今はまだ、ぼんやり感じた“怖さ”がどんくらい正しいのか、確かめる材料すらない。


 だったらまずは、こうして地道に動いてみるしかない。


 

 「よし……次の便、行くか」


 荷台の横で腕をまくりながら、ぐるっと周囲を見渡した。


 この街は小さいけど、ちゃんと機能している。

 人がいて、暮らしがあって、誰かの役に立てる場所がある。


 

 なら——


 この世界で、自分の“役目”を、探していけばいい。


 

 それが、どれだけ地味な一歩でも。




——to be the next act.


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