第1幕『旅のはじまりは、荷物の持ち上げから』
「魔王を倒す」って目標は、ブレてない。
だけど、いきなり魔王城に突っ込んで勝てると思うほど、オレの頭はバグってない。
この世界は、ゲームじゃない。ノーコンティニューだ。
死んだらやり直せないし、セーブポイントもない。
——そう自覚できたのは、実際戦った後だった。
あのとき……ただ夢中で、恐怖を感じる暇もなかった。
でも後から思い返して、手の震えが止まらなくなった。
……そのとき初めて、“自分が死ぬかもしれなかった”って実感した。
だからまずは、情報収集。
今どこにいて、魔王城がどこにあるか。
その途中に、何があるのか。誰がいるのか。どう戦えるのか。
それら全部を少しずつ掴みながら、魔王に“近づく”。
……ということで、今のオレは——
「よっ……と、ぅぐっ……重っ……!」
オレは今、腕の中の木箱にぐらつきながら、商隊の荷車へ向かっている。
両手で抱えた箱が視界をふさいで、足元の石に何度もつまづく。
「気ぃつけな、兄ちゃん! 中身、ガラス瓶だぞ!」
「あ、マジすか!? 先に言って……!」
後ろから、陽気な声の商人が笑ってる。
焼けた額に汗をぬぐいながら、そろりそろりと荷台へ近づく。
ギルドの雑用依頼。
商隊の荷運びの手伝い。戦闘はなし、完全に“荷物係”。
それでも、オレにとっては“第一歩”だった。
《確認:本任務は非戦闘依頼。ユーザーの筋力負荷は中程度。
補足:この作業の意義について、当ユニットは懐疑的である》
「うるせぇよ……こっちだって好きでやってんじゃねえ……!」
腰にぶら下がるセブンの声が、無遠慮に耳に届く。鞘の中で黙っててくれればいいのに、今日も律儀によく喋る。
荷台の横にいた少年が、手際よく箱を受け取って並べていく。
オレもそれに倣って、そっと箱を置いた——つもりだったのに、
「っと……!」
ガラン、と中で何かが転がる音がして、心臓が縮み上がる。
「瓶は無事か? ……おお、割れてねぇ。ラッキーだったな」
「……次からもっと慎重にします……」
少年の苦笑と、商人の茶化し声。
空気がちょっとだけ、柔らかくなった気がした。
朝の街道は、思ったよりのどかだった。
馬のひづめが土を踏む音、風に揺れる荷馬車の幌、そして草の匂い。
「……こういうのも、悪くないな」
ふと漏れた独り言に、セブンが反応する。
《現在の環境評価:気温・湿度ともに安定。外敵反応なし。
心理的安定傾向:肯定》
「……うるさい。なんで“心の状態”までログ取ってんだよ……」
そうつぶやいてから、さっきのギルドの掲示板を思い出す。
『王国軍臨時兵募集』とか、『薬草干し/選別補助
』、『修道院・羊皮紙の写本補助※識字不要』とか。
いかにも、RPGっぽいようで、地味にハードな雰囲気の張り紙もあった。
でも——
いきなり前線に出て、魔王軍と一戦なんてのは、どう考えても無謀だし、あんまり腰据えて留まる仕事も非効率……。
あと——正直なところ、この目で“魔物”ってやつを見たことがない。
道端の動物は、見たことあるやつばっかだ。犬、鳥、リス、馬……時々ちょっと大きい猪がいるくらい。
この世界にも、魔物みたいな生き物が居るには居るが、少なくとも、このあたりの街の人間は、見たことがない人の方が多いらしい。
でも、意外とそんなもんかもしれない。
「オレだって元の世界でも、野生のクマなんて一度も見たことねぇしな……」
《現時点での戦況評価:敵性個体の目撃証言は極めて少なく、複数の対象より、実見例はないが伝聞は存在するとの証言を取得。
総合評価:周辺地域の脅威度は、低》
「……オマエそういうの、まとめるの早いな」
聞き込みしたわけでもないのに、オレと一緒にいたときの雑談とか、ギルドの会話から情報を拾ってるらしい。
確かにこの世界、見た目はそれっぽいファンタジーなのに、中身は思ったより“現実寄り”だ。
森にはフツーのリスがいるし、道端には虫が飛んでる。
街の人たちに“魔王”のことを聞いても、反応はだいたい——
「魔王、ですか? なんか最近、変な国に攻め込まれてるって話は聞きましたけど……。でもまぁ、こっちまで来なきゃいいんですけどねぇ……ほんと」
「“北の国境が抜かれたかもしれん”って……昨日、兵士が言ってたな。けどな、こっちは仕事あるし、どうしようもねぇよ」
そんな風に言われた。
噂はある。でも、誰も“それが明日来るかもしれない”とは思っていない。
危機感がないというより、どこか現実味がない。
それが、むしろ怖い。
「……ま、考えすぎても仕方ないか」
今はまだ、ぼんやり感じた“怖さ”がどんくらい正しいのか、確かめる材料すらない。
だったらまずは、こうして地道に動いてみるしかない。
「よし……次の便、行くか」
荷台の横で腕をまくりながら、ぐるっと周囲を見渡した。
この街は小さいけど、ちゃんと機能している。
人がいて、暮らしがあって、誰かの役に立てる場所がある。
なら——
この世界で、自分の“役目”を、探していけばいい。
それが、どれだけ地味な一歩でも。
——to be the next act.




