表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界のソードファンタズマ  作者: 矢崎 那央
第1部2話 『ようこそ、“冒険者未満”の世界へ』
10/80

第3幕『帰路の欠片は、プリンとともに』


 「……まあ、ついてきたのは君の判断だ。文句は言わないでもらいたい」


 そう言って、白衣の男は勝手に歩き出した。

 数分後、連れてこられたのは、街の端にある小さな食堂だった。


 

 「空いてていい。店主も余計なことは聞かないし、料理もまぁまぁ。衛生基準もギリ及第点……たぶん」


 「“たぶん”やめろ。“たぶん”を」


 

 セブンは背中で静かに反応した。


 《衛生基準:検知不能。食品検査機能は本ユニットに搭載されていない》


 「いや知ってるよ! そもそもお前トンデモ兵器だろ!」


 

 二人席のテーブルに向かい合って座る。

 とりあえず水が出てきたが、白衣の男は当然のように注文と、支払いを済ませたあと——



 「さて、君には腹が減っている顔がある。注文は私の奢りだ。遠慮なく食べたまえ」


 「え、マジで?」




 思わず聞き返してから、少しだけ肩の力が抜ける。

 さっきパン屋でもらったサンドイッチは確かに食べた。

 けど、こちとら育ち盛りの男子高校生だ。正直、めっちゃ助かる。


 

 「うむ。キミは……そう、私の“父性センサー”に何か引っかかるものがあるのでね」


 「……今の、あえて流すけど。あとでちゃんと聞くからな」


 

 料理が運ばれてくるまでのあいだ、

 向かいの男をもう一度、じっと観察した。


 顔は、印象に残らない。

 その辺を歩いていても、すぐに忘れそうなタイプだ。

 年齢もよくわからない。オッサン……というには若い。けど、態度はやけに大物ぶってる。


 

 そして——服装。


 白衣。


 それも、見覚えのあるタイプだ。

 医者か理科の先生が着てそうな、明らかに現代的。


 

 「……なあ、それ、なんでそんな白衣なんか着てんだよ?」


 どう見ても、この世界じゃ浮いてる。


 男はチラと袖口を見て、当然のように答えた。


 「知らんのかね。薬品の付着に気づきやすく、

 なおかつ試料へのコンタミネーションを防げる。理に適っているだろう?」


 ……知らんけど。


 つーか、その説明で納得するやつ、この世界に何人いるんだよ。


 「……うん、やっぱおかしいわ」


 

 こっちの世界に来て以来、いろんな物を見てきたけど、

 この白衣みたいな“完全に向こうの世界のモノ”は一度も見てない。

 


 男が目線だけこちらに向ける。


 「なにか用事があるなら、とっとと済ませたまえ。午後からは、娘との約束があるのでね」



 「じゃあ……」


 

 バッグからルルに渡された紙包みを取り出した。

 中には、手書きの文書と、封の押された紹介状。


 

 「これ、星の巫女——ルセリア・ルーンヴァイスからの紹介状。もらったばかりで、中身はオレもまだ読んでないけど……とにかく、彼女の関係者ってことで」


 男は、封筒を見るなり「ふむ」と一言、そしてすぐに顔を逸らした。



 「ああ、あの子の関係者か。……だいたい事情は察した」


 「じゃあ、なにか知ってる……?」


 「だが、私は国家機関関係者でも、魔導機関所属でもないのでね。

 ——そんなもの見せられても困るよ」


 バッサリだった。


 「……じゃあ何なの、あんた。何者なの? 本当にただの白衣?」


 「ふふ、そう警戒するな。私はただの通りすがりの“パパ”だよ。

 ……まあ、“娘”たちには、だいたい殺されかけているがね」


 「今の発言、いろんな意味でアウトな匂いがするぞ……!」


 《警告:相手の使用する“パパ”という概念が、一般通念と乖離している可能性あり》


 「……セブン、頼むから黙っててくれ。今だけでいいから」



 注文を終えてしばらくすると、料理が運ばれてきた。



 白衣の男の前には、やたらとツヤのあるカラメルが乗ったプリン。器もスプーンも、やけに現代的だ。



 こっちには、こんがり焼いたパンと、骨付きの肉がどんと乗ったポトフのような煮込み料理。塩気の強いチーズも添えられている。


 立ちのぼる香りに、思わず腹が鳴る。



 オレは、少し迷ってから、意を決して口を開いた。


 「……アンタ、何を知ってる?」


 いきなり核心に触れたつもりだった。が——


 「漠然とし過ぎてるな。答えようがない。私の全知識をキミに伝えるには、百年あっても足りんよ」


 白衣の男は、スプーンでプリンをすくいながらさらっと言う。



 「じゃあ——オレのことは?」


 「さっき会ったばかりだ。名前すら知らんよ」


 「リク…。ミナセ・リク。で、こっちがセブン。質量を操れる剣。召喚された時に一緒にいた」


 自己紹介を挟むと、白衣の男は興味深そうに、少し目を細めた。



 「ふむ。リク・ミナセくん。記憶しておこう」



 男はそれだけ言うと、黙って手元のスプーンをひょいと持ち上げて、オレの皿をちょんと指した。


 うながされて、一口かじる。焼きたてのパンは外がカリカリ、中はふわっとしてる。煮込みは塩気が強くて、肉も硬いけど、腹が減ってる今は、それが逆にありがたい。


 うん、悪くない。っていうか、美味い。



 「で、さっき“察した”って言ってたよな? どういう意味だ?」


 「うむ。あの子——ルセリアの関係者で、しかも異世界人。だいたい察しはつくさ。おおかた、世界を救うために召喚されたんだろう?」


 「……ああ。“魔王を倒せ”って言われた」


 オレがそう言うと、白衣の男は吹き出すように笑った。


 「はっ。あんな小物に、世界を滅ぼすような力はないよ。せいぜい、この地域一帯の支配者になるくらいが関の山だ」


 「でも……世界が滅ぶって——」



 言いかけたオレに、白衣の男は顔を上げずに返す。



 「アストライアグラスが、そう言ったのか?」


  オレは、うなずいた。


 「なら、キミの旅は魔王討伐なんかじゃないな。そもそも——」


 白衣の男は、セブンをチラリと見る。


 「その背負ってる剣の方が、よっぽど世界を滅ぼせるだろう?」


 言葉を失った。


 セブンは、何も言わない。


 だが——その静けさが、逆に肯定しているようで。



 「……アンタ、セブンのこと、どこまで知ってる?」


 「古代の兵器らしきもの、くらいしかわからんよ。分解して研究させてくれるなら別だが……あいにく私はそこまでヒマじゃない」


 白衣の男はそう言って、皿に残ったカラメルを舐め取るようにスプーンでなぞった。



 その仕草のせいか、なんだか話が終わりそうな気がして、慌てて言葉を探した。


 「……なあ、最後に一つだけ、教えてくれ」


 白衣の男が、スプーンを止めた。


 「ルルに聞いても、分からないって言われたことだ。……オレは、元の世界に——戻れるのか?」




 白衣の男は、少しの間だけ、黙っていた。



 そのあと、にやりと口元を歪めて、言う。


 「——Yesでもあり、Noでもある。キミはこちらに来れたんだ。当然…理論上は戻ることも可能だ。だが、方法は……私も知らない」


 「……それって、つまり?」


 「“絶望”ではない、ということさ」



 その言葉のあと、男はふとスプーンを置き、考え込むように視線を泳がせた。



 「ふむ、しかし……この世界に来たばかりで、身寄りのない少年か。なるほど……うん、うん、これは——」



 独りごちた彼が、急にこちらを見据えた。


 「ミナセくん、私を“パパ”と呼んで甘えるが良い。私の父性はそれをも受け入れよう」


「……いや、無理です」



 即答だった。反射的に距離を取っていた。

 なんだろうこの感じ。理屈じゃなくて、生理的にダメなやつ。


 その空気もどこ吹く風で、彼は懐から何かを取り出した。小さな、金属の円盤だった。



 「これは“ポータル”。いざという時、キミが本気で願えば——ちょうどヒマだったら私が現れるかもしれない、魔法の道具だ」


 「いや、それ……」



 思わず言いかけたオレに、白衣の男は勝手に締めに入った。


 「何かの縁だ。キミを“私の第一息子候補”として、多少の協力はしよう」


 「いや、息子ってのは気持ち悪いし、勘弁してもらえます?」


 「すまないが——娘との約束に遅れるわけにはいかんのでね」


 ——完全に無視された。



 そして、彼は立ち上がり、パチンと指を鳴らした。

 次の瞬間——白衣の男は、光とともに消えた。


 ……残されたのは、銀色の円盤だけ。

 それを手に取り、まじまじと見つめた。



 小さく、軽い。けど、なんか……持ってるだけで、いろんな意味で重たい。




 「結局、あいつが胡散臭いってこと以外、なんにも分からなかったな」


 《情報更新:一件。リク・ミナセの帰還の可能性、存在を確認。成功率:不明》


 「ついでに、さっきの男が変態だったってことも記録しといてくれ」


 《了解。対象:呼称不明、人格特性に難あり。再接触は慎重に行うことを推奨》


 

 「……まあ、帰れるかもしれないって分かっただけでも、よしとするか」


 ポケットに“ポータル”を押し込み、ため息をついた。



 「………ほんとにいよいよじゃないと、絶対使いたくねぇ……」


 


 ——風が、また吹いた。

 行く先も、答えも、まだ見えない。

 でも、とりあえず——旅の目標は決まった。



 ——まず、この世界に慣れること。

 ——次に、魔王を倒すこと。

 そして……元の世界に帰る方法を探すこと。



 ……とにかく、歩き出すしかないんだ。




——the episode’s end.

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ