——Prologue 『子煩悩なパパが魔王を消し飛ばしたって話』——
冒険者たちは追い詰められていた。
魔王軍の幹部が、一人、ただそこに立っているだけで戦況が塗り替わる。
剣は通らず、魔法も跳ね返す。
恐怖が、じわじわと広がっていく。
そのとき——屋根の上に、影が降りた。
「グラビティヒーロー、見参ッ!!いくぜ相棒ッ!!」
学生服の少年と、彼の肩に背負われた黒曜の刃。
踏み込んだ足場が、メリメリと砕ける。
《Higgs field stabilized. Ether pathway aligned.
Reboot complete──出力調整フェーズ。
……戦略提案を求む。相棒》
背負った刃から、声が響く。
その足元。ひしゃげた屋根瓦が、今度は無重力のようにふわりと浮かんだ。
「いつも通り!まず一発、あとは流れで勝つ!!」
──魔王軍の幹部が、一瞬で消し飛んだ……らしい。
その犯人は、“ただの子煩悩なパパ”。
「は? 何だそれ?」
……いや、マジで意味わからない。
「パパって、あの“パパ”か?
“お父さん”って意味の?」
「ね、ふざけてるでしょ?」
青と金の外套を揺らしながら、彼女が言った。
深緑の髪をした巫女の少女。
年上っぽく見えるのに、ノリは完全に同級生。
「でもね、王都の偉い人たちが大マジでそう言ってたの。
“あの人こそが英雄だ”って」
……いやいや、
王都を救った英雄が、"子煩悩なパパ"って。
ツッコミどころしかねぇじゃん。
けど、冗談みたいなその話をきっかけに、
空気は一気に変わったらしい。
長いこと膠着してた戦線が動いて、
王都が“次の一手”に本気を出し始めた。
古代の兵装だとか、異界召喚だとか——
噂レベルのヤバい話が、現実になっていった。
その結果が、オレだ。
異世界から呼ばれた、“勇者”。
でも、信じたくないけど——
その後、身を持って思い知るハメになる。
————
いま、オレは……
とんでもない剣を手にしてる。
——黒くて扱いづらい、理屈っぽい剣。
この剣のスキル?
……“重たくなる”と“軽くなる”、以上。
重量を操ったり、時間を止めたり、世界中のスキルを使えたり。
そんなテンプレな能力は一切ない。
……こいつが喋ったとき、さすがに引いた。
《——Higgs field stabilized. Reboot complete—— ……起動完了。出力調整フェーズに移行。状況の整理と戦略立案を推奨する》
いや、待て。何その口調。
てか剣だよな? お前、剣だよな?
……なんなんだよ、この展開。
目の前で起きてること、全部が現実味なさすぎて、
ツッコむ気力もなくなってきた。
————
このあと、オレは——
半分訳わからないまま、戦って。
魔王軍とやらを撃退して……
……で、今に至るわけだ。
「……はい、これ。持ってきな」
そう言って、彼女は紙包みを押しつけてきた。
中には、地図と携帯食に、少しの路銀。それと、手書きの文書。
「紹介状? これ手書きと……エンボススタンプ?」
「うん、多少は融通きくよ。事情がわかってる誰かに見せれば、泣きつけるくらいにはね」
「……お前、実はけっこう偉かったりする?」
「まあ、“星の巫女様”って肩書きが勝手に歩いてるだけよ」
そっぽを向いてるくせに、渡すときだけ妙に丁寧で、手が少し震えてた。
「……ほんとは、送り出す側じゃなくて、止める役でいたかったんだけどさ。
でも、もう行くしかないんでしょ?」
目は合わせてこない。けど、声は少し揺れていた。
「——怖かったら、途中で逃げてもいいからね」
冗談みたいな調子でそう言って、
彼女はひらひらと手を振った。
うなずいて、門の方を向く。
風が、顔に当たる。
どこへ続くかも知らない道が、ただ、そこにあった。
この世界は、オレの常識が通じる場所じゃなかった。
でも今、オレは“重たすぎる何か”と一緒に、歩き出そうとしてる。
……とまあ、そういうわけで。
今のオレは、わけのわからない異世界で、
"世界一重たい剣"と一緒に、世界を救えとか言われてる。
納得はしてない。マジで。
でも——やるしかないっぽい。
——to be the story.