扉の向こうの使命
深夜の静けさが広がる中、綾瀬セイラは豪奢なシャンデリアが輝く自室のデスクに向かっていた。天井まで届く本棚には、世界文学全集や美術の専門書が並んでおり、そのどれもが未だ一度も触れられた形跡がない。セイラはため息をつきながら、手に持っていたペンをカチカチと鳴らした。
「今日もこんなにもあるんですの…」
目の前には、家庭教師から課された課題のプリントが整然と並んでいる。何一つ手抜きを許さない家庭環境で育ったセイラにとって、この夜の時間は自由と無縁だった。
だが、その瞬間—突然、部屋の空気が変わった。
眩い光が部屋を包み込み、何かがセイラを引っ張るような感覚が全身を貫いた。思わず叫ぼうとしたが、声は出ない。視界が白で埋め尽くされ、足元からふわりと浮かび上がる感覚が続く。
気がつくと、目の前には広大な大理石のホールが広がっていた。高くそびえる天井には巨大なステンドグラスがあり、太陽の光が虹色に輝いている。
「おお…聖女様…!」
「お美しい…」
頭を垂れる人々の群れ。豪奢な衣装を身にまとった王や聖職者らしき人物たちが、目を輝かせてこちらを見ている。
「え…?」
セイラは言葉を失った。次に聞こえてきたのは、力強い男性の声だった。
「ようこそ、救世の聖女よ。我らがエリシア王国にお越しいただき、感謝申し上げます。」
そう告げたのは、金髪に王冠を戴いた壮年の男—この国の王のようだ。彼の後ろには、美しくも威厳に満ちた女性や、騎士らしき者たちが整列している。
「聖女…?私が?」
混乱するセイラの耳に、王は続けた。
「あなたは、予言に記された聖女その人です。我らが世界を脅かす深淵の魔物を打ち払うために、どうかその力をお貸しください。」
世界を救う聖女。自分のこととは到底思えない言葉に、セイラはただ立ち尽くすしかなかった。
その時、どこかから低く重々しい声が響いた。
「力を示していただきましょう…」
いつの間にか部屋の隅から現れた初老の魔法使いらしき人物が、杖を掲げて呪文を唱え始めた。青白い光がセイラの周囲を覆い、彼女の体から何かを引き出すように渦巻く。次の瞬間—。
「な…これが聖女様の適性なのか!?」
ホール全体がざわついた。床に現れたのは、巨大な戦鎚。鈍く光る金属でできたその武器は、明らかに破壊を目的とした凶器だった。
「なんで…こんな…ごついの?」
セイラは呆然と呟いた。彼女の聖女としての物語は、この衝撃的な始まりとともに幕を開けたのだった。
深い静寂に包まれた大理石のホール。
セイラは豪華な装飾に囲まれながらも、心の中は混乱と戸惑いで満ちていた。
「聖女…私が?」
その言葉が耳の奥で反響する。今の自分には到底信じられなかった。
「異世界から召喚された聖女様は目的を果たさないと返せない…、外れだったな今代の聖女様は。」
初老の魔法使いらしき人物はそう呟いた。セイラの視線は周囲の王や聖職者、騎士たちへと移る。彼らの期待は重く、圧倒的だった。
セイラは一歩も動けず、ただ立ち尽くすばかり。
「どうして私なんだろう。普通の女子高生だったはずなのに…」
家での厳しい教育や、自由のない日々。すべてが遠い過去のように感じられた。
「でも、もう帰れないんだ」
胸の奥に冷たい絶望が広がる。
現実の世界に戻る道は閉ざされてしまったことを、彼女はまだ受け入れられなかった。
そんな中、魔法使いのマリアが静かに近づいてきた。
「あなたの力は特別。私たちも支えるから、焦らずにいきましょう」
その言葉に、ほんの少しだけ安堵が広がる。
だが、戦鎚を手にした瞬間に訪れる孤独と試練の始まりを、まだ誰も知らなかった。
「聖女として召喚されましたが適性があるのは戦鎚のようです」を書き始めました。花梨と申します。
略して聖女戦鎚です!聖女戦鎚は週2回の頻度の投稿をしていきたいと思います。すごーく頑張る気持ちでいっぱいなので温かい目で見てくださると嬉しいです。(ブックマーク追加、ポイント、反応諸々してくださると飛んで喜びます笑)以後よろしくお願いします!!