逃避
そんな日って・・・。
茜は家に帰ると、さっさと身支度を整えて、カバンに着替えを詰め込んだ。
「あら、アンタ出かけんの」
母は茜を一瞥して言った。
「うん、ケンジのところ」
「ふーん、アンタ仕事は?」
彼女の胸がチクリとなる。
「明日は休みやんけん」
「そう、ケンちゃんによろしくね。それから、みやげはむっちゃん饅頭をよろしく」
母は茜に向かって敬礼をする。
「らじゃ」
母との能天気な会話に、茜は少しだけ心が軽くなった気がした。
「いってくる」
飛び出そうとする彼女へ母は釘を刺す。
「うん。会社にはちゃんと連絡するのよ」
(・・・知っていたのか)
皆まで言わないのは母の愛、彼女は立ち止まり、
「うん」
と、一声、
「よし」
母は笑って送り出した。
西鉄柳川駅から電車に乗り、薬院駅へと向かう。
夜の車窓を眺めながら、
「逃避行だな」
茜は呟いた。
(あっ、ケンジに電話入れとこ)
取る物も取りあえず家から出てきた、彼女はスマホを取り出し恋人である矢留健司へと電話をかける。
しかし、1分以上、待っても電話にでない。
(ま、いっか)
茜は電話を切って、溜息をついた。
薬院駅に着くと、学生や会社帰りの人たちで、ごった返す中、茜はイヤホンをつけて音楽を聴きながら駅をでた。
薬院は福岡市のビジネス街にあり、ビジネスと暮らしが共存するオシャレな街だ。
いつきても馴染めない都会の雰囲気に、彼女は自然と小走りになる。
それから早歩きで10分くらい、彼の住むアパートに着いた。
階段をのぼり202号室のチャイムを押す、
ピンポーン。
返事が無い。
ピンポーン。
やはり、返事が無い。
(ついてないや)
茜は扉にもたれ、腰をおろした。
スマホを取り出し、ラインでメールを送る。
『ケンジのアパートの前におるけん(怒りマーク)』
「はあ~あ」
思わず洩れる溜息、彼女は再びイヤホンをつけ、音楽を流すと、うずくまった。
それから30分が経った。
はあはあと息を切らせて、階段をけたたましくのぼってくる音がする。
茜はイヤホンの片耳を外し、見上げる。
「茜どうしたん?」
「よう」
彼女は元気のない作り笑顔を見せ、片手をあげた。
ありますよね。