重なるⅡ
重なる事あるね。
終点の舟着き場へ到着すると、迎えの船頭が手招きをしている。
茜は、竿を小刻みに動かし素早く舟を着けロープで係留する。
「・・・・・・」
ミハエルは何か物言いたげに、彼女を見つめながらゆっくりと舟を降りた。
「ありがとうございました。当舟は片道でございます。詳しくは係の方がお渡したご案内の紙を読まれてください。またのお越し楽しみにしております。柳川楽しまれてくださいね」
茜は慇懃に頭を下げる。
「あ・・・」
彼が喋ろうとした時、同僚の船頭が慌ただしく声をかけた。
「茜ちゃん、早く、早く、お客さんいっぱいでパンクしちゃう!」
「はいっ!」
茜は二度目のぺこりを済ませ、急いで迎えの車両ハイエースに乗り込んだ。
車中は複雑な気持ちで、車窓を眺め心を落ち着かせる。
乗船場の駐車場へと戻ろうと、桟橋まで駆け舟へと飛び乗った。
2隻目は海外の10数名と、日本の5人家族のお客さんだった。
父親が熱心に子ども達や景色をスマホで写メっている。
茜は注意喚起を促す。
「お客様、スマホ等を舟の外でお使いになれますと、川やお堀に落とす危険が
ありますので」
言われた父親は、満面の笑みを浮かべて返す。
「大丈夫ですよ。スマホの裏にリングつけていますから」
「そうですか」
茜はそれなら大丈夫かなと一瞬父親に向けた視線を前に戻す。
(しまった!)
掘割の縦横無尽に入り組んでいる水路から、減速もせずに他社の舟が突っ込んでくるのがみえた。
「田崎のおっちゃん、危ないよ」
茜はそう言うと、竿を左へ大きく向け間一髪で接触を回避した。
「ごめんごめん」
老人船頭はバツが悪そうに苦笑いする。
「気をつけてよ」
ギリギリの回避劇に舟内から拍手と歓声があがる。
「いやいや」
茜は照れて竿を右脇に抱え、両手を振って照れる。
そんな中、父親が興奮した顔で、
「凄いです。船頭さん」
と、スマホを持つ右手を高々と上げた瞬間、するりと中指からリング滑り抜け、宙を舞った電子機器はスローモーションで弧を描き、ぽちゃんと落水した。
「あ」
「あ」
茜の時が止まった。
その後、茜は会社の胴長を着て、落水現場でスマホの捜索をする。
春のお堀の水は、そこそこ濁っており、およそ水深1メートルの深さでも発見は容易ではない。
しかも水は冷たい。
正直、彼女はツイてないと思っていた。
自分のミスではないが、一度、お客さんを乗せた以上、その責はすべて船頭にある、起こってしまったことは、誠意を尽くし受け入れる他ない。
今、彼女は誠意をみせている、見つかる見つからないの有無は置いといて、責任を全うしているのだ。
およそ1時間、身体もすっかり冷えて、茜は涙目になる。
彼女スマホが鳴る。
「よいしょ」
舟の側面の手摺に両手を置いて、ぬかるむ底を蹴り上げ這い上がる。
少しずつ胴長から染み出た水で、すでに身体はびしょびしょですっかり体温を奪われた。
「はい」
「あ、茜ちゃん、見つかった」
「まだです」
「そうやろね。ご苦労さん。もういいよ。あがって最終の予約のお客様お願いね」
「分かりました。もうちょっとだけ探してみます」
「わかった」
茜は電話を切ると、溜息をつき春の冷たいお堀へとまた入っていった。
二度あることは・・・。