重なるⅠ
茜の受難は続く。
翌日、茜は昨日の事が心に残り、億劫な気持ちで会社へ出社した。
普段なら陽があがるとともに徐々に前向きになってくる彼女だが、朝の舟準備中も気持ちが全然あがってこない。
川下りの営業開始となり、一番手の茜は桟橋に舟を係留して、デッキに立ちお客を待った。
ぼんやりと考え事をしていると、
舟だしの係から、
「茜ちゃん、いくよ!」
との声に、
「あっ、はい」
慌てて身構える。
そんなんだから、心の緩みが産まれるのか、はたまた運が悪いのか、お客に絡まれてしまう。
朝一の舟はお客は一人だった。
茜が操船をしつつ、ガイドをはじめだすと、キラキラした目の外国人がずっと彼女を見つめ続けている。
「アイムジャーマニ―」
ドイツ人と名乗った。
「おう、ぐーでんたーく、だんけしぇ」
茜は珍しいヨーロッパのお客様に挨拶をかえす。
「オウっ!スバラシイデスネ~アナタ、カワイイデスネ~」
「お客様、日本語上手ですね」
「ワタシ、ミハエル、イイマス」
「あ、申し遅れました。私は船頭の川田といいます」
「ユーノネームハ?」
「茜です」
「オーアカネサンデスカ、ビューティフルネームネ」
「どうも」
普段の茜なら軽くいなして、上手くコミュニケーションをとってやるのだが、気持ちが仕事モードに切り替わっていない分、彼の粘着質に話しかけてくるのがいちいち気に障る。
「コノアト、ヒマデスカー」
「仕事がありますから」
「ノーノー、シゴトアガリデスヨ」
「・・・いいえ、すいません。周りの景色が素敵なのでガイドしてよろしいでしょうか」
「アカネサン、ケシキハシッテマス。ナンドモココキテルネ、ナンドモフネノッテルネ、ナンドモ、アナタノ・・・」
ミハエルはそこまで言ったところで言い淀んだ。
(やばい。お客さんだ)
茜は確信すると、竿を持つ手に力を入れて、ピッチをあげ、なんとか話題を変えようと試みる。
「アナタヲヒトメミタヒカラ・・・」
「あの柳川の歌をうたってもよろしいですか?」
「ワタシノハナシヲキキナサイ」
「はあ」
「ソノケダカクウツクシイ、センドーサン、ソレハアナタアカネサンデス」
「ありがとうございます」
「ダカラ、オモイキッテ、キョウコクハクシマス」
「え~歌わせてください。北原白秋先生の歌で「この道」・・・」
「ディン、モー、タイン(黙れ)!」
茜はミハエルの剣幕にびくりとして、竿を落としそうになる。
真剣な眼差しの彼は自己陶酔に浸り告る。
「ツキアッテクダサイ、シンケンナノデス」
茜は深く深呼吸をする。
ごくりと唾を飲み込むミハエル。
「仕事中ですよ」
「?ソレヨリ、イイタイガ・・・」
茜はデッキを利き足で強めに踏んだ。
大きな音がして、舟が揺れる。
「私は今、なにをしていますか?」
「カワクダリネ」
「そう、もしあなたが仕事中に愛の告白なんてされたらどう思いますか?」
「・・・・・・」
「(常識ないですよね)・・・なので、お断りします。理由は私には付き合っている人がいますので」
「・・・・・・グッ・・・ク」
ある意味純粋であろうミハエルは涙を流しはじめる。
茜はじっと前を見据える。
「それでは、川下りを続けます。周りの情景をお楽しみつつ、船頭のガイドや歌もあわせてお楽しみください」
彼女は心の中で溜息をつくと同時に、ミハエルへ心の揺らぎでうまく対応出来なかったことを謝罪した。
むむむ。