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気持ちが伝わるのが嫌な理由

 その“サトリ合い”と呼ばれるサービスは、本来は互いの合意の上で初めて提供されるものだった。お互いが同じ、或いは連携関係にあるAIサービスを利用している場合に限り、互いの感情を直に感じ取る事ができるようになるというもので、信頼関係にある事の証明でもあり、また心身ケアの一環としてもとても役に立つ。

 ――ただ、もちろん、「プライバシーの侵害だ」という意見も強くあり、拒否反応を示す人も多かった。だからこそ、利用している者は希少で、実を言うのなら彼女、長谷川沙世もそんな内の一人で、一時的にそのサービスを利用したのも、「一度くらい、体験してみるか」という軽い気持ちに過ぎなかった。しかしそれが失敗だった。

 

 「おはよー、長谷川さん」

 

 朝、高校の教室、クラスメートがそう挨拶をして来る。しかし、傍には来ない。何故なら彼女に近付くと無条件で感情を読まれてしまうからだ。それを見て沙世は不機嫌になる。

 「どうせ、感情を読まれて困ることなんてないでしょーが」

 と小さく愚痴を言った。するとその声に反応して目の前にいた立石望が話しかけて来る。

 「感情が読まれるっていうのは、ただそれだけで嫌なもんなのよ」

 「あんたは普通に傍に来るじゃない」

 「私は別にあんたに感情を読まれよーが読まれまいが、どうでも良いって思っているもの」

 斜に構えた態度。

 彼女に沙世に対する感情の裏表はない。しかしそれはそれほど美しい話という訳でもなく、彼女が以前から明け透けに悪口を言って来るというだけの話。ただ、それでも、沙世は自分が身に付けてしまった特殊体質を気にせず彼女が近付いて来てくれる事に密かに感謝をしていたのだが。

 そして、このクラスには後もう一人だけ、沙世のそんな体質を気にせず近付いて来る生徒がいたのだった。

 「沙世ちゃん。おはよー!」

 能天気な程に明るい様子で村上アキがそう挨拶をした。そして真っ直ぐ彼女に迫って来る。

 「近いのよ!あんたは! 毎回毎回!」

 「どれくらい傍に寄れば、僕の気持ちが伝わるのか分からないからさ」

 「わざわざ伝えるようなもんでもないでしょーが!」

 「だって、ちょっと元気なさそうだったから、僕の元気を分けてあげようと思って」

 「余計なお世話よ!」

 

 長谷川沙世。

 彼女は感情自動感知のAIサービスの体験版をダウンロードした時、何らかのバグでそれが永続化してしまったのだった。しかも、無秩序に。

 ナノマシンによる脳直結インターフェースの技術が確立すると、AIサービスを直接脳内で利用するサービスがあっという間に普及し、それは人々の生活にとってなくてはならないものにまでなった。ただそれにはメリットばかりがある訳ではなく、当然ながらデメリットもあったのだ。

 彼女が罹ってしまった“奇妙な症状”もその一つだと言えるだろう。

 それが知られると、彼女に近付こうとする人は随分と減ってしまった。自分の感情を読まれるのが嫌なのは当然の話で、それを仕方ないと思いつつも、やっぱり彼女はちょっとばかり不満に思っていた。皆、気にする程、感情を隠せてはいない事が他人の感情が自然に流れ込んでくるようになって彼女には分かったからだ。大体、態度や表情と一致している。ならば、自分が疎まれる理由もないのではないか? 理不尽だ。

 ただ、世の中には変な人間がいるもので“悟りの怪”のようになり、皆から避けられるようになってから、むしろ彼女に近付いて来るようになった人間がいた。それが先の男子生徒、村上アキだった。

 

 「避けられるのもムカつくけどさ、近づかれるのも気持ち悪いのよ」

 

 ある日の休み時間、彼女がそう村上に対して愚痴を言うと立石望はこう言った。

 「それって理由が分からないからでしょう?」

 「あいつの行動に何か理由があるっての?」

 「あるらしいわよ」

 その一言に沙世は興味を惹かれた。

 「どんな?」

 「私もそんなに詳しく知らないのだけどさ、どうも彼、勘違いで人間関係を壊しちゃった事があったみたいなのよ。だから、感情が読めるあんたなら逆に安心に感じるのじゃない? 裏表のあるタイプじゃないしさ」

 「ふーん」とそれを聞いて彼女は思う。実は彼が傍に来て伝わって来る感情に少しばかり寂しさのようなものが混ざる事があったのだ。ちょっと引くほどに陽キャの彼には似つかわしくない。

 ……もしかしたら、あの感情の正体はそれかもしれない。

 彼が近付いて来る理由を知ったからなのか、彼女の彼に対する態度はそれから少しずつ変化していった。そして彼女達はちょっとずつ距離が近付いていっているような気もしていた。が、それからまた異変があったのだった。

 

 「なんか不機嫌じゃない?」

 立石望がそう話しかける。長谷川沙世がふくれっ面をしていたからだ。

 「別に大した話じゃないけど、村上の奴が最近、わたしを避けているみたいなのよね。近づいて来ないのよ」

 「嫌われたの? なんか、あんたが意地悪でもしたんじゃないの?」

 「してないわよ。むしろ、前よりも優しくしているつもりよ」

 「ふーん」とそれに立石。愚痴るように沙世は言う。

 「きっと誰か好きな女でもできたのじゃない? それでわたしに知られるのを嫌がっているのよ」

 それを聞くと立石は「そんな話は聞かないけどなぁ」と呟き、それからこう続けたのだった。

 「ね、それじゃ、メッセージでも送って気持ちを確かめてみたら?」

 「は? なんで、わたしがそんな事をする必要があるのよ? 近付けば、それで済む話じゃない」

 それに立石はにまーっと妙な笑いを見せ、こう言った。

 「むしろ、だからこそメッセージで確かめてみた方が良いって思うワケよ、私は」

 沙世はそれに首を傾げた。

 

 夜、長谷川沙世は言われた通りに村上アキにメッセージを送った。

 『どうして避けるの? わたしが嫌いになったのなら、はっきり言いなさいよ。やり方が陰湿』

 すると直ぐに返信があった。

 『誤解だよ。僕が沙世ちゃんを嫌いになるはずないじゃないか』

 『じゃ、どうして近づいて来ないのよ?』

 そのメッセージを送った後、しばらく村上からの返信はなかった。

 “やっぱり、私を嫌いになったんじゃない”と彼女は思ったのだが、30分くらいしてから返信があった。

 

 『最近、沙世ちゃんの傍にいると、ドキドキするようになっちゃったんだ』

 

 鈍感な沙世にも、流石にその意味は理解できた。真っ赤になる。そして、

 “いかん。今度はわたしの方があいつに近付けなくなる”

 と、そう思ったのだった。

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