第5食 餃子
突然だが、あなたにとって『ビールのお供』と言えばなんだろうか。
枝豆、成る程。お通しの定番でもある彼はおつまみのキングオブキングスと言っても過言ではない。
焼鳥、確かに。私の中でも長らく彼がビールのお供選手権で首位に君臨していた。
メンチャー、そうきたか。ラーメン屋で飲む時はメンマとチャーシュー、鉄板であろう。
他にも色々なメニューがあるが、私の中では餃子、これ一択である。
そうは言っても、どこの餃子でも良いわけではない。
やっぱり食べるなら町中華かラーメン屋だ。居酒屋のメニューにある餃子も勿論おいしいとは思うが、何故だか自分から頼む気にはなれない。おすすめメニューでもない限りは、それ以外のメニューを頼むようにしている。
町中華で着席早々生ビールと餃子を頼み、運ばれてきたビールで乾杯する。
普段は生ビール派だが、町中華なら瓶ビールでも良い。何となく瓶ビールの方が画になる気もする。
お通しのピーナッツやザーサイを食べてその場を凌いでいると、厨房の方からじゅわっという食欲をそそる音と共に香ばしい匂いが漂ってくる。
そんな雰囲気を楽しみつつ、そわそわと到着を待つのだ。
餃子といっても色々あるが、私はやっぱり焼き餃子派だ。
と言っても、子どもの頃は家でいつも水餃子を食べていた。
ぷるんと仕上がった水餃子に味ぽんをかけて、つるんと口の中に滑らせもぐりと噛み締めると、じゅわりと遠慮がちに味が口内に広がっていく。そんな母の優しい水餃子が大好きだった。
しかし、或る日母がおいしい焼き餃子の焼き方を会得して以来、実家でも焼き餃子が主流となったのである。
一時期勤務していた事業所の周囲には、数軒町中華があった。
本社からたまに来る上司たちと連れ立って駅前の町中華で餃子を何枚か頼み、皆で飲みながらつつくのが楽しみだった。
その後私が転勤し、お店も別の場所に移転してしまったのでめっきり行く機会は減ってしまったが、その普通の餃子がやけにおいしかったように思う。
そう、私はオーソドックスな餃子が好きなのだ。
豚肉にキャベツとニラが入っていて、できれば大ぶりなもの。特別なものでなく、シンプルでおいしい餃子が一番だ。
そんな私がおすすめしたい餃子は、中国ラーメンチェーン店『揚州商人』の餃子だ。
まだ今回で5回目の連載なのに2回も登場する『揚州商人』、どれだけ好きなんだという感じなのだがおいしいんだから仕方がない。
具が詰まっていて食べ応えがあり、歯が皮を破った瞬間に溢れる肉汁は、この店を訪れる誰をも虜にしてしまう。
そして何よりすごいのは、アプリをダウンロードすれば540円の餃子が150円で何回でも食べられてしまうという驚異のコストパフォーマンスだ。昨今の価格高騰で値上げするまではこれが100円だったのだから、本当に頭が下がる思いである。
もしこのお店に行く機会があれば、是非一度食べて頂きたい絶品メニューだ。
そんなわけで「ビールには餃子」を標榜している私だが、実は周囲にも同じ主義主張の方々がいる。
その中の一人が、私がタイで働いていた時にお仕えしていた社長だ。
日本からの駐在者は、私の駐在当時皆近所に住んでいた。遠く離れた工場まで通うのに、何台かの社用車で乗り合って通勤するためだ。
社長はさすがに専用車を持っていたが、たまたま私は社長と同じコンドミニアムに住んでいた。
平常時は駐在者同士でごはんを食べに行くことも多かったが、その頃は世界中でコロナが猛威を振るい始めており、バンコクでは外食禁止令が出され外食店舗は全て閉鎖していた。
そのため、駐在者たちは皆自炊をするか、テイクアウトメニューを買って自宅で食べて過ごすしかなかった。
或る日曜日、夕方になりそろそろ夕飯でも準備しようかと思ったところでケータイが鳴る。
画面を見てみると社長からLINEが来ていた。
『もうごはん食べた?』
もしかしてスーパーに買い出しにでも行くのだろうか。
それならばご相伴にあずかろうと『いいえ、まだです』と返す。
――すると、思いがけない返信が来た。
『餃子、いる?』
……どういうこと?
とりあえず『いります』と返して部屋を出て、1階のロビーに降りる。
そこには、大阪王将の餃子を3箱抱えた社長が困り顔で立っていた。
どうやら近所の大阪王将でテイクアウトをしたようだが、12個×3箱の餃子は一人で食べるには多すぎる。
「何かキャンペーン中だったらしくて、1箱買ったら2箱ついてきちゃった……」
……だから、どういうこと?
海外ではたまに「Buy1 Get1 Free」というキャンペーンが行われる。
1個買うともう1個ついてくるという仕組みだ。
それが、その日は「Buy1 Get1.5 Free」になっていたらしい。
つまり、買った数より追加で付いてくる餃子の方が多いというよくわからないシチュエーションになっていたのである。
そんなわけで社長からありがたく1箱頂戴した私は、異国の地でおいしく大阪王将の餃子を頂くことができた。
タイのあっさりめのビールとできたての大阪王将の餃子は意外に相性が良く、私は一人自室で素敵なコラボレーションを楽しんだ。
先日、帰国した社長とラーメン屋で食事をしながら、ふとあの時のことを思い出した。
あの日の餃子もおいしかったけれど、やっぱり仲の良いひとと一緒に食べる餃子はもっとおいしい――そんなことを思いながら、二人で餃子とビールのコラボレーションを楽しんだのだった。
(了)