第3食 茶碗蒸し
先日、ランチでたまたまオフィス近くのお寿司屋さんを訪れる機会があった。
メニューを眺めていた私の目に飛び込んできたのは、お盆の左上でひっそりと控えめに佇んでいる茶碗蒸しの姿だ。
茶碗蒸しが付いていると、なんだか豪勢な気分になるのは私だけだろうか。
勿論メインはお寿司だけれど、何だかデザートまでおまけに付いてきたような、ほわりとした満足感が湧き上がる。
そんな程度には、茶碗蒸し好きの私である。
つやつやとした薄黄色の表面をふるりとすくってみると、隠れていた具材がすこしずつ顔を出す。
海老に銀杏、筍に椎茸、そして――なんと穴子の切り身まで。思いがけない伏兵に思わず笑みが零れた。匙を入れてみなければ中身がわからないからこそ、まるで宝探しをしているようで楽しい。
じんわりと滲み出すおだしと共に頂けば、それは至福の一匙だ。
そういうわけで、回転寿司に行くと毎回〆は茶碗蒸しと決めている。
お寿司で満たされたおなかを優しいぬくもりであたためてくれる茶碗蒸しは、私にとってなくてはならない存在だ。
回転寿司ははま寿司派なので、他のチェーンはどんな茶碗蒸しなのだろうと調べてみたら、くら寿司のものはたこのだしが効いていてとてもおいしいらしい。
是非食べに行ってみたいものだ。
そんな茶碗蒸しの発祥は、江戸時代まで遡る。
当時中国と交易を行っていた長崎県において、来日した中国人たちから伝えられた卓袱料理(おもてなしの料理)が茶碗蒸しのルーツと言われているようだ。
ちなみに長崎県には『吉宗』という元祖茶碗蒸しのお店があり、そこでは丼サイズの茶碗蒸しを頂くことができるとのこと。
なめらかで具沢山な茶碗蒸しは、おだしがよく効いていてとてもおいしいと専らの評判である。
いつか長崎を訪れた時、こちらにもお伺いしたいものだなぁと思う。
勿論お店のものはおいしいけれど、自宅で簡単につくれるのも茶碗蒸しのいいところだ。
大きめのマグカップに玉子を1個割り入れて、白だし15ml、水120mlを加えてよくかき混ぜ、ラップをふわりとかけて電子レンジへ。
500Wで3分温めれば、立派な茶碗蒸しが完成する。
本来はその名の通りきちんと蒸さないといけないのだろうけれど、ふと茶碗蒸し欲が湧き上がった時、その熱を抑えるには十分な一品だ。
面倒くさがりなので、私は上記の通り具材が何も入っていない『素茶碗蒸し』をつくってしまうのだが、みなさんのご家庭ではどういう具材を入れるのだろう。
こちらも調べてみたところ、前述した具材に加えて、三つ葉やほたて、かまぼこ、枝豆、ツナやコーン、カニカマなどを入れるお宅もあるらしい。
珍しいところでいうと、ブロッコリーやアボカド、納豆も意外に合うのだとか。
茶碗蒸しの包容力、おそるべしである。
そんな私の茶碗蒸し好きのルーツをつくったのは、実家の母だと思う。
うちの茶碗蒸しはすこしユニークで、中に入っている具材はほうれん草のみ、表面は甘辛い鶏そぼろでぴっちりと埋められている。
ざくざくと混ぜながら食べるのだが、これがまた優しい味で、一口食べると家に帰ってきたことをしみじみと感じるのである。
鶏そぼろに味がついているので茶碗蒸しそのものはさっぱりめの味となっており、またほうれん草のお蔭ですこし食べ応えのある一品となっている。
実家に帰る時、母からはいつも「何が食べたい?」と訊かれるのだが、私は毎回「○○と茶碗蒸し」とリクエストをする。
母は「また?」と言いながら、それでも笑顔で毎回茶碗蒸しをつくってくれる。
次に実家に帰る日は決めていないけれど、きっとまた私は母に茶碗蒸しをリクエストするのだろう。
(了)