第11食 オリーブ
ちょっとしたイタリアンやスペインバルに行った時、見付けたら必ず頼むおつまみがある。
そう、それはオリーブだ。
多くのお店では『ミックスオリーブ』と銘打ち、緑と黒のオリーブが小皿にちょこんと盛り付けられてさっと出てくる。
時間がかからず、お酒にも合うのだからなかなかの優れものだ。
ちまちまとつまみながら、次はどんなメニューを頼もうかと考えるのも楽しい時間である。
――といっても、男性と少人数で行った時には頼むのを控えるようにしている。
何故だか私の周囲の男性陣は、皆一様にオリーブが苦手なのだ。
オリーブ好きに女性が多いのか、たまたま私の周りがそうなのかはわからないが、かの有名な水兵アニメの恋人の名前がそうであるように、私にとってオリーブはなんだか女性的なものなのである。
そんな私がオリーブのおいしさに気付いたのは、大学4年生の春のことだった。
何故そんなに明確に覚えているのかというと、それまで私はオリーブにさして興味がなかったからである。
ピザを頼んだ時、上に遠慮がちに載っている黒いやつ――私にとって彼女はその程度の存在であって、だからこそその日は私のいわばオリーブ記念日となった。
その日、私は友人の家に仲の良いメンバーで遊びに行く約束をしていた。
行き慣れない都心の駅に降り立ち、友人たちと駅前のおしゃれなスーパーで買出しをしている最中、家主が「あっ、オリーブ買っていい?」と棚に並んでいた小さな缶を手に取った。
その缶のパッケージには黒と緑の粒が印刷されている。
そういえばオリーブオイルは緑色だなぁと私は今更ながらに思い至った。
「ねぇ、オリーブってどうやって食べるの? 私あんまり食べたことないかも」
「あっ本当? 私はこのまま食べることが多いけど、パスタの具にしたりサラダに入れる人もいるんじゃないかな。お酒にも合うしおいしいよ」
それなら、とその缶を買って、私たちは彼女の家へと向かう。
色とりどりのお酒を手に乾杯を済ませると、家主が冷蔵庫からおつまみの数々を出してきた。
その中に、先程買ったばかりの彼女たちもちょこんと鎮座している。
「緑と黒で味違うのかな」
「うーん、あんま違いわからないかも……」
「まぁ食べてみようよ」
思い思いに粒につまようじを刺し、口に入れてみる私たち。
ぷつりと歯を突き立てると、中からじゅわりと濃厚な味が沁み出してきた。
あの小さな粒のどこにこんな旨みが隠れていたのだろう。
思わず家主を見ると、彼女はしてやったりの表情で笑っている。
私たちは今度は別の色の粒を食してみた。
味の違いはよくわからないが、またもや口の中に幸福感が広がっていく。
それ以来、私たちの中でオリーブがプチブームとなったのは言うまでもない。
さて、オリーブには緑のものと黒のものがある。
私はてっきり別の品種のものだと思っていたのだが、どうやらこれは単に熟成度の違いによるもので、同じ品種であっても収穫時期によってその色が異なるのだそうだ。
オリーブは春から初夏にかけて花を咲かせ夏に実を付けるのだが、この時期に収穫されると緑色となり、収穫されずに翌年の春まで待てば熟して黒くなる。
当時の私たちにはよくわからなかったが、緑の方が固く塩気があり、黒の方が柔らかくあっさりとした味わいだそうだ。
個人的にはどちらの味も好きだけれど、緑は種が入ったまま食卓に出されることも多いので、面倒くさがりの私は黒の方が食べやすい。
オリーブといえばオイルとして料理に使う方も多いのではないだろうか。
かくいう私も、料理の時に使うのはほとんどオリーブオイルである。
なんとなく身体に良いような気がするのだ。
調べてみると、オリーブオイルにはオレイン酸という成分が含まれており、悪玉コレステロールを減少させる働きがあるのだという。
これによって生活習慣病の防止や動脈硬化予防に効果があり、また便秘の改善や皮膚を柔らかくすることで美肌にもつながるらしい。
上手く日々の生活に取り入れていきたいものだ。
そんな良いこと尽くめに見えるオリーブだが、食べ過ぎには注意して頂きたい。
「オリーブおいしいんだけどさ、中身油だからカロリー高いし、食べ過ぎるとむっちゃニキビできるよ。気を付けてね」
オリーブ記念日に家主の彼女がこそりと伝えてきたその言葉は、年頃の私たちにとっては何よりも重大な情報であった。
そんなわけで私はオリーブをつまみつつも、その摂取量には十分に注意を払うのである。
(了)




