亡国Ⅹ 朝⑤〜セイレーン討伐後編
炎に包まれたケイレス村……その村長宅にて、ヴェクトリアと配下の兵士が家探しをしている。部屋の真ん中でぐったりと倒れたローズマリーは握りこぶしに力を込め、何かを決意する。そしてそばで自分の身体に縋り大泣きしているアルエットを無理やり引き剥がし、ふらふらと立ち上がる。そして……クローゼットを守るように仁王立ちをした。ヴェクトリアと兵士たちはすぐにそれに気付き、ローズマリーとクローゼットを取り囲む。
「その中にもう一人のガキがいるのね。」
「……」
ローズマリーは肩で息をしながら、ヴェクトリアを睨みつける。
「どきなさい。」
「嫌よ。」
「そこをどけばお前だけは命を助けてやるって言ってんのよ。そのまま二人して死ぬよりマシだと思わないの?」
「だから、嫌よって言っているでしょう。この子を見捨てて私だけが生き延びるなんて、ありえないもの。」
「分からないわね……そっちの子を一人だけ残して自己満足で死んでいくのがいい母親だと思ってんの?」
「……そうね、アルエットだけ遺して死ぬのなんて、母親としてダメなのかもしれない。でも、私は私の産んだ子に優劣なんてつけられないの。どっちかの子どもを見捨てて私が生き残るという選択肢なんて、最初からないのよ!!」
ローズマリーはそういい放ち、ヴェクトリアにふらふらと殴りかかる。ヴェクトリアはあっさりとそれを躱し、兵士たちに顎で指示を出す。兵士たちは槍の棒の部分でローズマリーの腹部を殴り、クローゼットまで吹き飛ばした。
「ぐふぅ……」
「分からないわね。子ども一人を犠牲に二人生き残るか、二人死んで幼子を一人路頭に迷わせるのか……単純な足し算もできなくなるくらい、母親というのは目を曇らせてしまうのかしら?」
「……そんな馬鹿な計算なわけないじゃない。子ども一人と私一人が同じ"1"だと本気で思っているの?あの子達が産まれて私たちに齎した幸せが……そんな簡単に定量化できると思っているの?」
ヴェクトリアは兵士に命じローズマリーの肩をクローゼットごと槍で貫く。
「がはぁっ……貴女も親になればきっと分かるはずよ。生命を育て上げる苦しみと、その先の尊さに……」
「黙れ……!」
「うぐっ……そろそろ、頃合いかしらね……。ヴェクトリア……だっけ、貴女は最初からとんだ思い違いをしているの。私は初めから二人とも助けるつもりで動いているのよ。」
「なっ、どういう……」
「逃げなさいッ!!!デステール!!!!」
ローズマリーは最後の力を振り絞り叫ぶ。この部屋にもうひとつあったクローゼットで震えていたデステールが転がり落ちるように飛び出し、その勢いのまま家を出て走り抜けていく。ヴェクトリアと兵士たちは全員ローズマリーに気を取られ、デステールを追いかけることはできなかった。
「まさか貴女……最初から自分だけが囮になるために!」
「咄嗟だったけど上手く行ったわね……ふふふ、どう?これで私は1の犠牲で二人守ったことになるけれど。」
してやったりといった顔でヴェクトリアを見上げるローズマリーだったが、
「ごぷっ」
ヴェクトリアは剣を抜き、何も言わずローズマリーの心臓を刺し貫いた。そしてそれを無造作に引き抜き、再び刺すといったことを数回繰り返す。剣がローズマリーを貫く度に彼女の身体はびくんと跳ね上がり、ローズマリーの頬を伝う涙が跳ねて散ってゆく。
やがてヴェクトリアはローズマリーのもとを去り、部屋の真ん中でずっと泣いているアルエットを見下ろしていた。一人の兵士がヴェクトリアに尋ねる。
「こいつ、どうするおつもりですか?」
「……この子も魔族の血を引いているなら、結構長生きするんだよね。」
「そうですね……。都じゃあまり半人半魔の話は聞きませんが、グレニアドールにはそういう人たちがたくさんいて、寿命も魔族たちと同じくらいだとお聞きしております。」
「そう……。」
ヴェクトリアはそういうと、アルエットを抱えて言った。
「この子は私が持って帰る。」
「えぇ!?」
「妖精種の伝説通り本当に寿命が伸びたのなら、暇を潰せる相手が欲しいじゃない。そのために持って帰るの。別にあの妖精種の女に説教されているのが引っかかってるとかでは無いからね。」
「それで、残りのセイレーンは……」
「皆殺しよ。さっき逃げたガキもさっさと追いかけて殺すように。」
「分かりました。」
ヴェクトリアはそう命令し、アルエットを連れてケイレスを去っていった。兵士たちは村に残ったセイレーン達を殺し続けたが、途中で村を飛び出した子どもの亡骸だけはどこを探してもなかったという。
デステールは走っていた。燃えるケイレスからなるべく早く、なるべく遠くにと一心不乱に走り続けていた。グレニアドールではなく、ジューデスのある方向へ。
(グレニアドールじゃだめだ!人間に見つかってすぐに差し出されてしまう!!もっと奥へ……もっと先へ!!)
追手は来ていないようだった。だがいつ来るか分からない以上逃げながら身を隠す必要があった。
どれくらい走っただろうか。眠ることなく森を抜け山を越え、魔族の町や村には目もくれずひたすら走り続けたデステールはようやく、魔王城へとたどり着いていた。しかし
「ヒューッ、ヒューッ……ま、魔王城……」
デステールは安全圏へとたどり着いた安心感で緊張が緩み、その入り口でどさりと倒れ込んでしまった。
魔王城、魔王の寝室。デステールはベッドで寝息を立てていた。その横には椅子に座り読書をする女の魔族が一人。その女の魔族が良い頃合いと本に栞を挟みその場を立とうとした瞬間、ガバッとデステールが跳ね起きた。
「お目覚めかな?」
「え……ここどこ、貴女は……?」
「余?余は当代の魔王ネカルク・アルドネアだ。」
「魔王……様……?そうだ……、ケイレスで襲撃を受けて、みんなが……。」
ネカルクに状況を説明しようとパニックになるデステール。ネカルクはそんなデステールをぎゅっと抱き締めた。
「すまない。君の同胞は助けられなかった……。だがデステール、お前だけが生きていてくれて本当に良かったよ。」
「え……みんな……?うそ、嘘だぁ……ああああ、うわぁぁぁぁぁぁん!!」
デステールは堪えきれず号泣する。ネカルクは歯を食いしばりながら泣き止むまで彼を抱き締め続けた。
一頻り泣き終わると、デステールは恥ずかしそうにネカルクの抱擁から抜け出した。
「もう、大丈夫かい?」
「はい……あの、魔王様!僕を強くしてくれませんか?」
「人間に復讐でもするつもりかい?」
「まあ、そんなところです。でも、それだけじゃないです。今回僕はアルエットもお母さんも村も守れなかった……いや、そればかりか僕が守ってもらってたんです。だから、もう大事なものを目の前で失わずに済むような……そんな力が欲しいんです、魔王様。」
「へぇ……面白い。心当たりのある魔法を使うやつを知っておるから、明日そいつを紹介してやろう。今日はもう寝なさい。そこ使っていいから。」
「え……あ、ありがとうございます。」
デステールはそういうと、一気に疲れに襲われ深い眠りについた。




