亡国Ⅸ 朝④〜セイレーン討伐中編
ケイレス村、村長宅。昼食を食べ眠りについたアルエットの隣で、デステールはその寝顔をじっと見つめていた。
「どうしたのデステール、アルエットの顔に何かついてるの?」
そこへ、外から服を取り込んだローズマリーが戻ってくる。ローズマリーはそうデステールに声をかけると、彼の目の前に山盛りの衣類をどさりと置いた。
「いや、別に……なんでもないよ。」
「だったら、服の仕分け手伝ってちょうだい。あんたとおじいちゃんのクローゼットにしまう分、分けて持ってってよ。」
「わかった。」
ローズマリーは家に二つあるクローゼットの片方を指し、デステールに指示する。デステールはローズマリーの言葉にしたがって、自分たちの衣類をクローゼットの前に持っていき、一つずつハンガーのようなものにかけていく。
「いつも悪いわね、デステール。」
「別に。お父さんが帰ってこないときは僕がしっかりしないとダメなんだし。」
「あらまあ、すっかりお兄さんみたいなこと言っちゃって……」
「そんなの、お兄ちゃんなんだから当たり前じゃん。」
ローズマリーは驚き、デステールを見つめ優しく微笑むと、彼をぎゅっと抱き締めた。
「ちょ、何すんだよ母さん!僕もう10歳のお兄ちゃんなんだよ!!そんなことされると恥ずかしいよ……。」
「そうねぇ……。パパが帰って来たら、四人でどこかお出かけしましょうか。デステールの"お兄ちゃん記念日"をお祝いしないとね。」
「な、なんだよそれ!恥ずかしいって……」
「恥ずかしくないわよ〜〜」
「もう……」
抱き締め頬ずりをしてくるローズマリーに、困惑しながらも満更でもない表情を浮かべるデステール。
(どこがいいかな……そうだ、グレニアドールに好きなお菓子の店があるんだ。そこならアルエットもみんなもきっと楽しく過ごせるだろうなぁ……)
そんなことを考えながら、ローズマリーの温もりに包まれていった。しかし、外から響く爆音で二人は我に返った。
「外が騒がしいわね……喧嘩かしら?にしては音が大きいような……。」
ローズマリーはデステールから離れ、家の扉を開けて外の様子を見た。その光景に、彼女は絶句した。長閑で諍い一つない村の様相は一変し、火の海と化した戦場……否、そこにあるのは鳥を一方的に狩る人間たちの虐殺であり、戦いにすらなっていなかった。同族が次々と殺される地獄を目の前に、ローズマリーは家の中に向かって叫んだ。
「デステール!!隠れなさいッ!!!」
「えっ、お母さ……」
「早くっ!!!!」
恐怖と驚きを必死に押し殺し、デステールはクローゼットの中に飛び込む。
(よし。次は、アルエットを……)
ローズマリーは家の中に入りドアを閉め、眠っているアルエットをどこかへ隠そうと抱きかかえる。その瞬間、バンとドアを蹴破る音が響く。
「ここが一番大きな家だな。お前か?村長の娘とやらは。」
「……」
武装したヴェクトリアがそう告げ、ローズマリーに剣を向ける。背後には屈強な男性兵士が数人、入口を塞ぐように立っていた。ヴェクトリアはローズマリーが大事に抱えるアルエットに気付き、露悪的な笑みを浮かべ提案をした。
「そうだな……お前が全て正直に答えるなら、そのガキは見逃してやろう。」
「……嘘じゃないでしょうね?」
「ああ。私は妖精種の血だけ得られればそれでいいのだ。まあ、ついでに魔族の討伐も兼ねてここには来ているが。」
「どこで、その話を……」
ローズマリーが言い終わらぬうちに、ヴェクトリアはぼとりと何かを投げた。何か――デステール達の父の首はころころと転がり、ローズマリーの方へ目を向けて止まった。
「えっ……」
「おしゃべりな男を旦那に持つと大変だな。女として同情するよ。」
「そんな……」
「とにかく、お前が妖精種だと認めるということでいいんだな?」
「……はい。私が妖精種のセイレーンです。私の血ならいくらでも渡しますから、この子……アルエットだけは見逃してやってください。」
ローズマリーは観念し、アルエットを後ろに寝かせ、彼女を守るように両手を広げヴェクトリアの前で立ち塞がる。ヴェクトリアはニイと笑い懐から取り出したナイフでローズマリーの首元を少し傷つける。そして傷口から漏れ出た血を舐めるように掬い、一気にかぶりつくように血を吸っていく。
「んぁぁっ……はぁぁぁん……」
ローズマリーはそう声を上げながらビクビクと痙攣する。その一部始終をクローゼットの隙間から見つめていたデステール。声を押し殺すために必死に両手で口を押さえていたが、恐怖と怒りと絶望で彼の心は限界であった。そのとき、
「んぅ……ママ?」
アルエットが目を覚ましてしまった。アルエットが身体を起こす……その眼前に広がるは、自分の母親が見知らぬ女に血を吸われる姿。何が起きているか分からず、それでも己の恐怖心に従い泣き喚くアルエット。そしてアルエットは、母親の次に頼りになる人間に助けを求めるのであった。
「助けて、お兄ちゃん……!」
しかしそれは、ローズマリーとデステールにとっては最悪の選択であった。二人は目を細め、脂汗をかき始める。血を吸い終わり無造作にローズマリーを投げ捨てたヴェクトリアは、一層冷たい声色で言い放つ。
「もう一人いるのか……隠していたな?」
「まさか……」
「安心しろ……約束を破るつもりはない。ただ……約束はあのガキ一人だったな?」
「え……?」
予想外の返答に、ローズマリーは困惑し一瞬戸惑う。そんな彼女を歯牙にもかけずヴェクトリアは後ろに控える兵士たちに命令した。
「探せ……見つけ次第、殺すように。」
押し入る兵士達の姿に、デステールの心臓は破裂しそうなほど激しく高鳴る。
"お兄ちゃん記念日"が真っ赤に塗りつぶされていく……デステールの心臓にその記憶と絶望が刻まれ、彼は必死に神へと祈り続けた。




