箱庭ⅩⅩⅩ 放たれた籠の鳥
激闘から一夜明けた日の昼、ギェーラの高台にて。アルエットは一人、物憂げな眼差しでガニオの街並みを見つめている。主を失った人形達は街ごと死んだように営みを止めていた。
昨日はシャガラのボロ小屋に戻るとすぐに眠り、朝になってからギェーラに向かい、ルーグが乗る王都行きの馬車を手配した。そしてルーグを見送り今に至る。そんなアルエットの隣に、ガステイルが歩み寄る。
「お隣、失礼します。アルエット殿下。」
「……」
ガステイルはそういうと、アルエットの隣で腰を下ろす。そして持っていた袋から白いパックを取り出した。
「街の屋台で買ってきたんですが、これ、すごいですよ。屋台のメニューを持ち帰って味わえるんです。ギェーラって凄いですね!」
「……」
ガステイルはそう言ってパックの蓋をベリっと剥がすと、中に入っていた麺をむしゃむしゃと貪り始めた。しかしアルエットはガステイルの方を見向きもせず、じっとガニオの街を見下ろしている。
「ん!美味しい!!ギェーラの名物として売られているだけありますね……この極太ソース茹で麺!炒めてある肉も……なんですかこりゃ、すごくコリっとしたいい食感です!なんの肉を使っているんでしょう……店主に確認すべきでした。」
「……」
ガステイルによるホルモンうどんの食レポにすらまるで反応を示さないアルエットに、ガステイルは痺れを切らし、太ももをギュッとつねる。
「いっ……!!!」
「殿下、聞いてます?」
「え!?ガステイル、いつから?」
「気付いてなかったんですね……。」
ガステイルはやれやれとため息をつき、アルエットにホルモンうどんのパックを手渡す。アルエットは形式的に一旦は拒否したものの、腹の虫が盛大に鳴ったことによりバツが悪そうにパックを受け取った。
「何か考え事でもしてらしたんです?」
「ええ、ちょっと。ルーグのことと……もうひとつ。」
「ルーグさん……殿下にとっては特別な人ですもんね。」
「ぜ、全然そんなんじゃないけどね!!……でも、昨日やっと思い知った。あの子がどれだけ私の中で大きな存在になっていたか……。」
(拗らせちゃってますね……。)
「ルーグには死んで欲しくない。だからこの選択で今度こそ良かったはず……ってずっと自分に言い聞かせているのよ。だけど……まだルーグが隣にいないのに慣れなくて。」
ははは、と照れながら愛想笑いをするアルエット。とても200歳超えとは思えない純粋に恋をする乙女、その切ない表情にガステイルは心を奪われそうになる。ガステイルは首をブンブンと振って、話の方向転換を試みる。
「そういえば殿下、さっき"もうひとつ"って言ってましたよね。それってどういう……?」
「ああ……ガステイル達はもう見たんだったかしら。私の妖羽化の話よ。」
「ッ!!殿下、どこでそれを?」
「あれは……心の中なのかしら。そこで本人に聞いたわ。いや、魔族だしなんなら自分なのに本人っておかしいか……?」
「……エリフィーズのことも、聞いたんですね?」
「ええ。みんなして私に隠し事してたなんてね。」
「それは……いえ、本当にその通りです。すみません。」
「別に今更そんなことで怒らないわよ。実際私ももうどうすればいいか分からないの……このまま魔族も魔王も倒すべきなのか、人間たちに危害を加えた魔族を殺すというのなら、エリフィーズで盗賊団を傷つけガステイルを襲った私はどうなるのか……。貴方達の選択は正しいわ。」
俯くアルエット。ガステイルはそんな彼女を見ながら、少し考える素振りをし声をかける。
「……別にいいんじゃないですか?そんなに難しく考えなくても。殿下が今やりたいことって何かないんですか?」
「やりたいこと?」
「はい。魔王討伐っていうのも女王様に与えられた使命であって殿下の意思で始めたことではないじゃないですか。それが今揺らいでいるんでしたら、殿下の今の意思に従うのも悪くない話だと思いますよ。」
(やっべえ、これ殿下の受け取りようによっては人間側への反逆罪になりかねんよな……やらかしたか?)
ガステイルはそうアルエットに告げるも、内心は頭を抱えて後悔していた。だがそんなガステイルの意に反して、アルエットは大真面目に話を続ける。
「……一つ、あの世界で気になったことがあるの。」
「ほう……それは?」
「私の起源について……。魔族の血の混入経路、私の父親の正体……それと、私とデステールの関係。」
「デステール……魔族四天王の!?」
「ええ。魔族の私が言ってたわ……私とあの男の魔力の起源が同じだって。だからまずはグレニアドールへ向かうわ……恐らく、全てを知っているであろうデステールに話を聞きに。」
ガステイルは意外な人物の名に唖然とする。しかし決意を固めたアルエットの表情を見て、クスリと微笑み立ち上がる。
「よし!それならさっさとグレニアドールへ向かいましょう!!」
「まあ、馬車が明日にならないと来ないんだけどね。」
ガステイルは盛大にズッコケた。
グレニアドール……守賢将デステール・グリードが統治する、魔族と人間が共に住まう街。人魔の共存を掲げ、デステールと人間側の代表が共に手を組むことにより、少なくとも表面上の治安維持が成り立っている。
ラムディア・ストームヴェルンはグレニアドールにあるデステールの城の目の前に来ていた。手にはクリステラの首と愚者の石を持っている。顔見知りの兵士に会釈をし、そのままデステールの元へ通されたラムディアは、首と呪物を献上した。
「……ご苦労だったね。ラムディアちゃん。」
「いえ、デステール様の"声"あってこそです。」
「いやいや、びっくりしたよ。急にここに来たかと思えば『感情を殺せと命令してくれ』だなんて言うからさ。」
「そんな大雑把な言葉じゃなかったと記憶していますが……」
「あ、ああ。まだ命令の効果が残ってるのね。ほい、元に戻って。」
デステールがそう言い放つと、それまで鉄面皮であったラムディアの頬が安堵で緩み、輝きを取り戻した眼からは大粒の涙がとめどなく溢れる。これまで強く押し込められていた感情が堰を切ったように溢れるラムディアは、傍らに置いた二振りの剣を抱えながら、
「やった……やったよ!セリバ、カトレア……ロマリア!!」
と叫ぶ。
「やっぱり、ラムディアちゃんは元のラムディアちゃんのままがいいね。」
「あ、あああ取り乱してしまいました申し訳ございませんんん!!!!」
「撤回しよ。土下座までされるとめんどくさいわ。」
めんどくさいと言われショックを受けるラムディア。デステールは全く意に介することなく続ける。
「さて、コイツに傀儡魔法が入ってるんだっけ?」
「はい。その宝玉を取り込むことで吸収された魔法を取り込むことができるのだそうです。」
「えーでも、その情報源ってあの淫乱シスターだろ?信用できないじゃん。」
「それは……まあ、そうですね。」
「……よし、決めた。鴟鴞爵にプレゼントしよう。あいつならどうなってもいいし最悪どうにかなるだろ。」
「えぇ……いいんですか?それ。」
「いいよ、あいつ僕より弱いからさ。それじゃ、ジューデスに戻るついでに鴟鴞爵に渡してきてよ。」
「私!?」
「うん。僕これから忙しいんだよ。じゃ、そゆことで。ほい。」
デステールはラムディアに宝玉を押し付け、客間を去っていった。パシられたラムディアはとぼとぼとグレニアドールを後にする。デステールは城の玉座にて何やら大掛かりな仕掛けを施している。
「ふふふ……アルエット、喜ぶかなぁ。」
デステールはまるで友達のサプライズパーティーを企画している少年のように、無邪気に笑っていた。




