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箱庭ⅩⅩⅣ 天を衝く虹霓

「ラムディアが、どうしてここに?それに、その姿……」

妖羽化(ヴァンデルン)済……ってことかよ。うぐっ」

「その通り……これがラムディア・ストームヴェルンの正真正銘本気の姿。妖羽化(ヴァンデルン)『剣劇脱兎』よ。」


 スラリとした身体、それに対し元の姿よりも明らかに筋肉の密度の高い四肢。兎の特徴がより強く出た妖羽化(ヴァンデルン)の美しさと威圧感に、アムリスは息を呑む。ガステイルはよろよろと立ち上がり、臨戦態勢をとる。


「ガステイル!無理しないで……」

「大丈夫だ。コイツはヤバすぎる!二人で相手しないと……」

「ほう、二人で相手ができると?」


 言い終わらぬうちにアムリス達に急接近し、二人の首元に刀を向ける。目で追う次元ですらない、認識の追いつかない速さに二人の緊張はピークに達する。


「バカな……速すぎる!」

「今、完全に斬られてた……」

「その通り、私が斬っていないだけです。それに、今いつでもあなた達を斬れる状態にあることをお忘れなく。」


 ラムディアはそう言って、二人の首元に突きつけていた刀を下ろす。まるで隙のない出で立ちに二人は棒立ちするほかはなく、ラムディアはそのまま踵を返し去ろうとする。


「待って!!」

「……何か?せっかく拾った命、大事にしたらいかが?」

「敵同士なのにどうして見逃すの?エリフィーズのときもそう、私は気絶してたけど……ラルカンバラから聖剣を守ってくれたと聞きました。貴女にもしその気があるなら、私たちと共に……」

「冗談じゃない!私にとっては人間どもこそが憎むべき敵だ。ラルカンバラを斬ったのは、聖剣があのクズの手に渡るのが我慢ならなかっただけ。今貴女達を見逃すのは……今の貴女達に斬る価値がないからよ。」

「……」

「満身創痍で未だに聖剣の力の引き出し方も分からない青二才……私もそんなやつの相手をするほど暇じゃないの。」

「そう……。だったら、最後に聞かせて。なぜ貴女にクリステラが斬れたの?貴女にも因縁があったはず……負の感情で強化されているクリステラにどうして貴女の攻撃が通用したの?」

「簡単な話よ。私には端からこの女に割いている感情がないの。私にとってはこの女はただの人間……だから斬れたのよ。」

「割いている感情がない……?」

「これでいいかしら。じゃあこれで……借りは返したわ。」


 ラムディアはアムリスの方へ少しだけ振り向いて、そう口を滑らせた。ラムディアは目を見開き顔を赤らめ、慌てて口を塞ぐ。そしてすぐさま魔族領の方へ駆けて行き、一瞬で姿が見えなくなった。アムリスの脳内にしばらくラムディアの言葉が反響していたが、足元で呻くガステイルに気付き慌てて治療した。


「……ガステイル、ごめんね。」

「いや、こうして治療してくれるだけありがたいですよ。」

「違う。クリステラの時。私が足引っ張ってばかりで……こんな傷まで負わせて。」

「……いえ、俺も無神経でした。教会の人間で関わりが特別深いアムリスの心が俺より揺らぐのなんて当たり前なのに、配慮が足りませんでした。」

「違う!私だって……ちょっとだけ、ガステイルはエルフで長生きだから、寿命の短い人間の生き方は分からないんだと……心のどこかで思ってしまいました。人を信じられないなんて聖職者失格です。」

「……そうですか。だったら、転職先見つけないとですね。」

「ちょっ、バカにしないでよ!こっちは真剣に……」

「知ってますよ。アムリスがいつも真剣に皆を助けるために生きてるのくらい、見たら分かります。会ったこともない孤児達どころか敵のラムディアみたいな奴に至るまで、そいつらの苦しみや悲しみに寄り添って自分の事のように苦しみ悲しむから、あんな卑劣な敵の罠にまんまとハマるんです。」

「えぇ……その文脈で貶すパターン初めて見たわよ……。」

「だけど、それは人間たちの特権なんです。人間たちは短命で同じ人間の助けを得られないと生きられない生き物だからこそ……他者を慮ったり、相手の立場を想像し寄り添うことができる。長命種にはそれがない……いや、そりゃ家族とかは別ですが、せいぜい同じ国の顔見知りくらいまでです。薄情かもしれませんが、知らない奴が巻き込まれた事件で被害者がかわいそうなんて思ったりはしません。だから……」


 ガステイルは顔を赤らめ、言葉を紡ぐのを躊躇する。アムリスは息を呑み、ガステイルの言葉を待つ。ガステイルは意を決し、大きく息を吸い言った。


「だからさ!!俺は人間の……アムリスのそういうところが羨ましくて!それでっ、そのっ……そういうところが好き……なんですよ。」

「えっ……」


 目を逸らすガステイル。アムリスの顔も徐々に紅潮し、お互い顔を直視できずにしばらく黙ってしまう。ついに耐えきれなくなったガステイルが勢いよく立ち上がり、


「で、殿下のところに向かいましょうか!!」

「は、はい!急がないと、相手は竜族ですからね!!」

「……ん」


 ガステイルはアムリスに手を突き出す。


「え、ええ!?手!?ちょ、ガステイルさん!今の今でそれはずるいですよ……」


 アムリスは目をぎゅっと瞑り、ガステイルの手を取る。それと同時に二人はガニオに向け走り出す。


「アムリス……」

「は、はい……」

「さっきの返事、いつか教えてくださいね。俺はいつでも待てますから。」

「はい、分かりました……。ガステイルさん。」

「何ですか?」

「さっきはクリステラの攻撃から守ってくださり、ありがとうございました。」

「ああ、あれな……。咄嗟だったから突き飛ばしたんですが、怪我とかありませんでした?」

「ええ。」

「良かったです……お互い、生きて魔王を倒しましょうね。」

「うふふ、勿論です!」


 二人は決意を固め、スピードをさらに上げる。ドニオの小屋は遥か後方に小さくなっていった。

虹霓:主虹と副虹を二匹の雌雄の竜と見立てた虹の表現

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