ちょっとした、大差
唐突に飛び出したセリバであったが、その実脳内はあくまでも冷静であった。しかしラムディアもしっかりと攻撃を見切り、受け流す。
「部分擬態……手足と尾を隠しているのね。」
セリバはカメレオンの魔族であり、先祖代々擬態の能力を受け継いできた。セリバの祖父の代の頃にはその技は円熟し、様々に応用が効く力になっていた。そんな折に生まれたセリバであったが、彼は擬態能力の天賦の才を持っていた。柔軟な思考能力による能力の拡張解釈を、良質な魔力によって可能にした。その拡張解釈こそが「視覚認知の歪みによる光学迷彩」である。魔力の奔流によって光線の認知を歪ませ、見えるものを見えなくするというこの術式をより有効に扱うために、彼は故郷を出て結界術を身につけることにし、デステールの配下となったのである。ラムディアの誤算があったとすれば、この術式の認知の部分である。
(部分擬態自体は彼の父親が開発したものだから私も知ってはいたけど、とんでもない精度の術式ね……。擬態部分の定義付けに結界術を編み込んで作られたオリジナルの術式……、これだけなら十分に四天王クラスなんだけど。)
しかし、セリバの攻撃の命中率は芳しくなかった。
「くそっ、ちょこまかと!」
(ちぃっ、なんで見えてない攻撃を避けられるんだ!全く当たらねえ!!)
全く、というのはセリバの主観であり、ラムディア側にも避け切れない攻撃が存在していた。しかし、それに気付くかどうか……それが四天王とそれ以外の差であった。
(問題は、『尾』だよねぇ……)
ラムディアは、セリバの「擬態していない部分」に着目していた。顔を含めた胴体の角度、力の込め具合から攻撃の軌道と方角を読みとり対処することで、手足の攻撃は完全に防ぐことができた。しかし尾の攻撃だけは読むことができないため、攻撃により発生する微弱な風圧を感じ取り、回避していた……が、これは彼女の卓越した反射神経と直感により綱渡りで成立している戦法であり、彼女の避け切れない攻撃とはこれのことであった。
(これ以上当たらねえ攻撃を続けても仕方ねぇ……かくなる上は!)
セリバは懐から小型爆弾を取り出し、そのままラムディアに突撃する。そして攻撃する……と見せかけて起動させた爆弾を手から離し、距離を取る。
「な、ばくだ……」
ラムディアの視点からは急に現れた爆弾。小型で威力は低いとはいえ、至近距離で爆発を受ける。ダメージは小さくない……はずだった。
「驚いた……あなたそれ、擬態じゃないわね。流石に手に持ったものを隠すなんて不可能だもの。」
「驚いたのはこっちのセリフだぜ……。見えてねえはずなのに攻撃が当たんねえわ、今のも……咄嗟に床板を剥がして盾がわりにするわ。」
「で、どうなのよ。まだやるつもり?」
「上等!」
「そこまでにしなさいッ!」
二人を制止したのは槍を持った、小さな働き蜂の魔族であった。
「カトレア!」
「ケッ、邪魔すんじゃねえよ」
「セリバ!魔王様の御前と知っての狼藉か!」
二人は恐る恐る入り口に目をやると、そこには魔王ネカルク・アルドネアと四天王『鴟鴞爵』フラーヴ・アルノルディーが立っていた。ラムディアとセリバは、殴り合う前の自分の立ち位置及び席に慌てて戻って行った。
「やっと来たか。一人足りないけど、どうやらそいつが代理みたいだし、始めるかな。」
デステールは紅茶を一気に飲み干した。