現場を知らない上司もダメだが、現場に向かいすぎる上司もまた迷惑千万である
フォーゲルシュタット外れ、王都を守る城壁の外。私とルーグは魔族とおぼしき男と対峙していた。
「瞬間移動の類いか……いや、そんな魔法は聞いたことがないわ。」
「お嬢、おそらく結界だ。声をかけられたときに周囲を魔力で包まれる感覚があった。」
男が正解とばかりに口笛を吹く。
方術か。確かに既存の魔法体系とは異なる術だから、魔法にできないことも可能なのかもしれない。
「自壊効果で結界内の対象を特定のポイントに飛ばす結界を常に張ってたんだよ。あくまで主要の効果は魔族であることを偽装するための結界だけど。」
「なるほど、だから私たちからは突然魔族が現れたかのように見えたわけね。ルーグか私が貴方を襲うことも全て織り込み済みで、貴方は私たちをここに連れてくるために私たちを結界の対象に巻き込んだ。」
偽装効果の結界とは、結界そのものがフィルターの役割をして情報を歪ませる効果として考えれば良い。だから結界内に入り込んでしまえばフィルターを通す前の情報が手に入る。もしも手違いで仮に魔族だとバレたとしても、結界を自壊して瞬間移動の効果を発動すれば楽に脱出できる。完全に密偵用の術式じゃないか。警備部隊は何をしているんだ。
「アルエット様、自壊効果ってなんです?」
「主要の効果とは別に結界が壊れたり解除されたりしたときに起きる効果よ。」
「へえ、便利なんですねぇ。でも俺初めてそんな結界見ましたよ。なんでみんな使わないんでしょうね?」
「簡単な話よ。結界は効果を追加するほど強度が落ちるの。かといって強度も担保すると今度は維持魔力が大きくなりすぎる。並の方術士がそんなことをすれば一瞬で魔力が空になっちゃうわ。」
結界は持続させることも重要な術である以上、強力な効果と圧倒的な強度を持ってても持続時間がなければ価値は低い、というのが一般的な方術士の考え方らしい。
「つまり、この男は方術士としても並以上……」
「いえ、こんなデタラメな結界を組んでいて平然としている辺り、おそらく方術士が本職よ。ルーグの剣を受け止めたパワーの方がオマケみたいね。」
ただの密偵ではないことは確かだけど、魔族……あまりにも強すぎないか?お母様、アルエットの心は折れかけてます。
「そういえば、自己紹介してなかったね。そっちの作戦会議も終わったみたいだし、そろそろ本題に入ろうか。」
そう言ってフードを取った男。黒く長い髪、少し尖った耳、発達した犬歯、高い鼻……、そして、黒と紅のオッドアイ。
「あれ……、その目、アルエット様と同じ……!」
同じ、いや、厳密には右と左が違うのだが、むしろそれ以外は同じと言っていいほど、見慣れた瞳だった。
「我が名はデステール。魔王軍四天王が一人、守賢将デステール・グリードだ!」