陰謀Ⅸ 心を貫く業の槍
イェーゴ村、牢獄。開戦と同時刻。
「アムリス、あんたはどうしたいの?」
アルエットとルーグは戦闘準備を進めながら、アムリスに尋ねた。
「私は……」
「アムリスさん、無理に戦う必要はないですよ。結果的に修道士達もこの村も俺達と貴女を裏切ったんですから。」
「……」
「ルーグ、人の話を遮るな。」
「え、あっ、すみません。」
「でも、私もルーグと同じ気持ちだ。この村はアムリスに許されない仕打ちをした。アムリスが守ってやる義務はない。」
アムリスはクスッと微笑んで
「では、なぜ二人は戦場に向かうのですか?」
「そりゃあ、そのためにここに来たからだし……」
「ロサージュの討伐が結果的に村を守ることになりますから……」
「私も、二人と一緒ですよ。ここに来て守ると決めたからです。それに、ルイのお母さんに生きてもらうって約束しましたからね。みんなが私を裏切っても、私は守るべきものは絶対に裏切らない。……アレクも、きっと私と同じ判断をすると思う。」
突如、聖剣フレンヴェルが飛来し、牢を破ってアムリスの隣に突き刺さる。
「うわぁ!あっっぶな!!!」
ルーグは少し掠ったらしい。
「聖剣は持ち主の心に呼応するという。アムリスの強い覚悟によって聖剣は息を吹き返し、持ち主の元へ舞い戻ったんだな。」
アムリスは聖剣を手に取り、
「フレンヴェル……。ごめんね、あのとき痛かったよね。また、これからよろしくね。」
そう言って腰に提げた。
「それじゃ、行こうか。アムリス、ルーグ。」
「ええ!」「おう!」
三人に増えた一行は、戦場に向かった。
コロニー前。蜂による蹂躙もほぼ完了し、残るはセリシア一人となった。そのセリシアも、カトレアとの一騎打ちにて満身創痍であった。
「大勢は決したな。」
「はあ……はあ、まだよ……」
「一つ聞きたいことがある。お前、なんのためにこんな無様な負け戦を始めた?」
瞬間、セリシアは激昂し、カトレアに斬りかかる……も、カトレアは軽く躱し、セリシアを蹴り飛ばした。
「多勢に無勢なのは分かっていただろう。我々が夜行性ということも知らずに、奇襲なら勝てるとでも思ったのか?」
「黙れ!村人を攫っておいて、どの口が言っている!!」
「人間を攫う?何を言っている。」
「き、貴様!しらばっくれる気か!!!」
セリシアは再び立ち上がり、カトレアを果敢に攻め立てる。だが、それも虚しくカトレアに全て受け流されてしまう。
(人間の拉致だと……そんな話は聞いていないぞ。私がいない間にいったい何が……?)
ついに、セリシアが力尽き、仰向けに倒れてしまう。
「終わりか。多少骨が折れたな。」
瞬間、村側の蜂からどよめきが聞こえる。見ると大男と女が二人、蜂を蹴散らしながら向かっている。
「いた!!セリシア隊長!!!倒れてる!!」
仰々しい剣を持った少女がそう叫ぶ。
「何!?だったら、急がねえとなぁ!!」
大男は蜂を薙ぎ倒しながら進む。
「この期に及んで援軍だとっ……!!まさかこいつ……!!」
(援軍……?誰だ……?いや、誰でも良いか。巻き込まれてくれるなよ……)
突如、セリシアが首から提げたネックレスに魔力を込める。
「なっ、貴様ぁ!!今更何を!」
「炎精……煌け……『獄炎の柱廊』!!!」
セリシアが唱えた瞬間、ネックレスから魔力が迸り、蜂達の足元から無数の炎の柱が発生した。セリシアとカトレアを囲っていた蜂のほとんどが焼かれ、一帯が炎熱地獄と化した。
「ひええ、危ねーことするなぁ、あの隊長さん。」
セリシアの『奥の手』を知っていたアムリスの聖魔法により、アルエット達は守られ、事なきを得た。
「蜂の数が一気に減った!セリシアさんの元へ急ごう!!」
一方カトレアは動揺を隠せず、セリシアから迂闊にも目を離し、自軍の損壊を確認する。すかさずセリシアは最後の力を振り絞り、
「死ねぇ!!」
とカトレアに一撃を入れる。しかしカトレアも流石の達人、間一髪のところで急所を外し、セリシアのトドメを刺すべく返しの槍を撃った。
結論から言えば、その瞬間のセリシアには槍を躱すだけの余力は残っていた。しかし、
「隊長!!!!」
今この戦場に聞こえるはずのない、かつて自分自身が裏切り心を踏みにじった女の声。
生じた一瞬の隙の内、セリシアの心臓が貫かれた。