エピローグ④ 魔王討伐、その涯
魔都ジューデス。5年前の戦いで荒れ果てた魔族の街も少しずつ復興が進んでいた。半壊していた魔王城の修復も概ね終わり、街の家屋や街道のインフラも整い始めている。
「この調子なら、あと三年もすれば元の生活水準まで戻せるでしょう。」
「そうねぇ……すごいわぁシイナったら。貴女の指揮の賜物よぉ。」
「いいえクニシロ、それは魔王様のお力です。私をはじめあらゆる魔族を適所に配置し、自身も率先して復興のために汗を流している……その姿に心を打たれた魔族達の奮起によるものでございます。」
「相変わらず、シイナは愛が重いわねぇ。」
「あら、そのように作られた貴女ならともかく……私のような人形に愛なんてものは搭載されてませんよ。」
シイナは少し嬉しそうに微笑みながら、クニシロと並んでジューデスの街道を並んで歩く。クニシロは呆れたようにやれやれとため息をつきながら笑った。そんな時、
「これは……侵入者?」
「やれやれ、人間ではなさそうですが……行きますよ、クニシロ。」
二人は神妙な顔つきに戻り、門へと向かって走り出した。
魔族領、ジューデス郊外。ちょうどケイレスの街との中間地点くらいの場所に建つ墓地で、私は祈りを捧げていた。じわじわと滲む汗と共に染み込む暑さにうんざりとしながら、私は花と供物を取り替えていた。
「魔王様、あともう少しですね。」
「そうね。わざわざついてきてくれてありがとうね、ベイル。」
「魔王様こそ、このようにこまめに足を運んでいただいて……皆も草葉の陰で喜んでいると思います。」
「はは、私に殺された者たちもいるのだ……流石にお世辞が過ぎるぞ、ベイル。」
このベイルという女魔族は先の戦いの後、教育係を兼ねて私の傍に置いている。魔王といえど魔族の常識にやや疎い私にとって、価値観の溝を埋めてくれる有難い存在だ。
「そ、そのような意図では……そもそも、魔族の文化にはこのように死者を弔うこと自体が非常に稀有です。ですので都の復興よりも先に、戦死者のための巨大な集合墓地を作り霊を送り出すことから始められたのは驚きました。」
ベイルの言う通り、私は街の復興や城の修繕よりも先に、ここまでの戦いで死んだ者達のための墓を真っ先に作った。
「嫌だったかい?」
「いいえ、真逆です!皆も言ってました……お別れができてスッキリして作業に取りかかれたと……人間の文化も悪くないと、好評でした。」
「……ホントのこと言うとね、戦死者のためっていうのは建前なんだ。ここに墓地を作った本当の理由は……240年前のケイレスのみんなを弔うため。そして私が作る魔族の国を、ゆっくり見守って貰うためなんだ。でも……あの時心の拠り所が欲しかったのは、みんな一緒だったみたいね。」
「……ええ。魔王様の御心は、みなに伝わっておりますよ。」
ベイルはそう言いながら、嬉しそうに微笑みを返した。それから私達は最後に、小高い丘に作った四つの墓へと向かった。『運命に抗い続けた魔族の女王、眠る』と書かれた大きな墓の周りに置かれた、一回り小さな三つの墓……ネカルクと四天王たちが眠る墓の前、私は膝をつきそっと祈りを捧げ、墓の掃除を始めた。
「ベイルはさ、前の魔王のことはどう思ってたの?」
「わ、私は当時は下っ端魔族にすぎませんから詳しくは知りませんが……やっぱり、怖い方でした。だけどそれ以上に寂しく、悲しい目をよくされる方だったと思います。」
「……うん、私もそう思う。世界の残酷さを知りすぎた……そんな気がするわ。」
私はそう言いながら墓を磨き終わり、ゆっくりと立ち上がった。仕事があると飛んで帰ったベイルを見送った私は、墓地から出てジューデスへと歩き始めた。その帰り道、ジューデスの方向から出てきた男に、私は思わず目を奪われた。
「お久しぶりです、アルエット殿下。」
「ガステイル……!どうして貴方、ジューデスから……」
「なんてことはないですよ……殿下は人間の侵入と魔族の脱出を禁じた、だったら俺たちエルフなら出入りできるんじゃないかって思っただけです。」
私はわざとらしく目を細め、口元をそっと包みながらガステイルに言葉を返す。
「全く、私としたことが迂闊だったわね。」
「ハハハ、冗談キツいね。初めからそうなるように仕組んだくせに。」
「……もうちょっと早く気付くと思ったわ。それだけそっちも復興が大変なのね。」
「ええ、まあ……そんなとこですね。」
「で?ジューデスに何の用があったのかしら?」
「手紙ですよ。殿下なら想像つくでしょう……俺がジューデスに入れるかもしれないって分かったら、そういうことをしそうな奴が誰かなんて。」
「……ふふっ、なるほどね。」
十中八九アムリスだな、とそんなことを考えながら私は笑顔をガステイルに向けた。ガステイルも安心したような笑顔を向けると、少し名残惜しそうな顔をしながら踵を返した。
「久しぶりに殿下と会えて良かった。残念ですがそろそろ帰らないと……妻と子供が待ってますので。」
「ああ、それは大事だ、な……こ、子供ォ!?」
私は慌ててガステイルの肩をつかみ引き止める。
「く、詳しく聞かせなさいよ!!相手は誰?何人いるの!?」
「ちょ……そういうの含めて、手紙に書いていますから……」
「手紙……ってことはそれもう答えじゃないの!!えぇー!やるじゃないのアンタ!ちょっと御祝儀包ませてちょうだいよ!」
「いやそれもいいですから!!というかアンタのとこの人形に大量に押し付けられたんですから!!全く、どんな教育してるんですか……。」
ガステイルはそう言いながら荷物の袋を広げて見せる。中にはガステイルの魔法で小さくなった贈り物がギッチギチに詰まっていた。
「いや、私の教育じゃないし……。」
「半分貴女でしょう。」
私とガステイルはそう言い目を合わせると、プッと吹き出して笑い合った。一頻り笑ったあとガステイルは荷物を持って再び立ち上がった。
「こうして笑い合ったのも、今となっては懐かしいですね。」
「ああ。」
「殿下……ありがとうございました。お体に気をつけて。」
「あんた達もね。アムリスを泣かせるんじゃないわよ。」
「殿下が言わないでください……では。」
ガステイルはそう言い、去っていった。傾きかけた太陽がさす彼の後ろ姿は、神秘的な輝きを放っていた。
しばらくガステイルを見送ったあと、私は小走りで城まで帰った。
「おかえりなさいませ、魔王様。」
「ただいま。」
城に着くなりシイナが仰々しく私を出迎える。そのまま玉座まで私の三歩後ろを歩き、私が玉座に腰掛けた瞬間、シイナは懐から手紙を取り出しながら言う。
「魔王様、お手紙を預かっております。」
「知ってるけど……貴女、私より先に読んだでしょう。」
渡された手紙は明らかに封が解けていた。しかしシイナは眉ひとつ動かすことなく、
「読もうと提案したのはクニシロ、実際に封を解き中身を取り出したのはクニシロでございます。」
「読んだのね?」
私がそう尋ねると、シイナは目を逸らしながら口元に手の甲を寄せ、恥ずかしそうに口を隠す仕草をする。
「それはつまみ食いした時の仕草だけどね……まあいいわ。」
私は呆れながらそう言って、手紙を取り出した。静かに黙々と目で文字を追う……その時間はまるで無限にも錯覚するほどであったが、アムリスの語調から滲む幸福感が言い知れぬ心地よさを生んでいた。最後まで読み終わった私は手紙をそのままシイナへと預け、
「私の名前そのままってのは、流石にどうかと思うわ。」
それだけ呟いて、奥の自室へと向かった。