決戦ⅩⅨ VSネカルク・アルドネア③
「ルーグ!!」
弾き飛ばされたルーグの元に、アルエット達が駆け寄っていく。ルーグは青ざめた表情で、触腕に殴られた口元を押さえていた。
「大丈夫ですか、ルーグさん?」
「はい、なんとか……」
「それで、どうだったの?奴の妖羽化は……」
「恐らく、アルエット様の予想通りだと思います。水鏡術をベースに攻撃を弾くのではなく、すり抜ける……いや、水面を斬る感覚の方が近いか……?とにかく、魔法だけでなく攻撃そのものを無効化されているように思います。」
「触腕での攻撃時にネカルク自身が実体化しているような様子はあったか?」
「……ありません。そもそもあの打撃自体に攻撃意思を感じませんでした。邪魔なものを払い除けるような、極めて日常的な動作です。当然ながら、そこにそんな緻密な魔力操作は要していないでしょう。」
「つまり、こっちの攻撃は無効化されたまま向こうの攻撃は通ってしまうってことですね。」
「そうねアムリス。そして恐らく、貴女と聖剣が突破口になる……水鏡術と同じなら、攻撃とそれ以外の判別は魔力依存のはず。だから貴女と聖剣、2種類の魔力で水鏡術を乱すことができれば……」
「分かりました、アルエット様。」
アムリスはそう言いながら聖剣を抜き、ゆっくりと構える。体力が回復したルーグも立ち上がってアムリスに続く。
「アムリスさん、相手は妖羽化で基礎的な身体能力も跳ね上がってます。気をつけてください。」
「ええ、分かってるわ。今まで通りと考えてちゃ痛い目見るものね。」
肩越しに言葉を送り合いながら、二人はネカルクを睨みつける。ネカルクは玉座へと戻っており、頬杖をつきながらアルエット一行を見下ろしていた。
「随分、余裕そうじゃない。貴女ならあのまま追撃して私たちをまとめて倒したりもできたはずでしょう?」
「……」
ネカルクは黙ったままアムリスとルーグを見つめていた。アルエットは少しムッとした表情でネカルクに文句を言う。
「無視?」
ネカルクは目だけを動かしてぐるりと一帯を見回す。そして口角を大きく上げながら口を開いた。
「無知は罪じゃ……そうは思わんかね?」
「ッ!!」
総毛立つ感覚がアルエットの全身を駆け巡る。ネカルクの言葉は暴論でしかなかったが、体の芯まで揺さぶられるような低く冷たい声色、そして圧倒的な魔力量による凄まじい威圧感が首を横に振ることを許さなかった。
「き、急に何の話よ。世間話にしてはセンシティブな話題じゃないかしら。」
「なんということはない……ラムディアとデステールの末路を思い出してのう。少し疑問に思ったのじゃ、彼らはあのような死に様を晒すような罪を犯しておったのかと。」
「……罪ならあるじゃない。ラムディアはアムリスの故郷を襲撃したというし、デステールは王都を襲撃して人間の女王を惨殺した。これが罪じゃないならなんだというの。」
「なるほど、戦争行為に罪を求めるのであればそれも一理あるのう。それなら240年前ケイレスを襲撃した人間の前王も、たった今こうして殺し合いをしている我々も同様に罪人じゃと、そう言いたいわけじゃな?」
「それは……」
アルエットは唇を噛みながら眉をひそめ、ネカルクから目を逸らす。
「そう悔しがらずとも良い。余も同じ気持ちじゃ……じゃから、彼らの罪は無知であると考えた。妖精種という名の忌々しい神々の呪いと、人間の浅ましくも果てしない欲望を知らぬ罪……そうであろう?」
「その言い方だと、まるで人間に罪があるように聞こえるけど。」
「奇遇じゃのう……余もそう思ったのじゃ。故に人間をはじめ、神々に与する中立種族もろとも滅ぼし、地上に魔族と竜族の楽園をもたらそうと考えたのじゃ。」
「……人間だけじゃなく、本当にエルフにまで手を出そうとしてるなんてな。」
「ガステイルだったか……当然じゃろう。余の復讐相手は人間なんぞではない。その先にいる神々じゃ。」
ガステイルとアルエットは、神々という言葉の重みに息を呑む。荒唐無稽な話だと笑い飛ばすこともできず、ただ黙ってネカルクを見上げていた。そこへ暫く黙っていたアムリスがネカルクに啖呵を切る。
「どうして、神に復讐したなんて言えるの?神が貴女に何をしたというの?」
「聖剣の乙女か……。答えは簡単じゃ、それが竜族と魔族の総意だからよ。」
「竜族と何の関係があるんだ?神々に封印された奴らがこの期に及んで何を望んでいるんだ?」
「ユールゲンの末裔まで……よくぞここまでの人材が集まったもんじゃのう。なに、竜族が封印される前の話さ。当時の地上は竜族と魔族が二分して統治しておった。人間は竜族と魔族が管理しながらひっそりと暮らしておったのじゃ……じゃが神はそれを良しとはしなかった。弱小勢力である人間を贔屓し始めたのだ。」
ネカルクの語り口に、少しずつ怒気が混ざっていく。眉も少しずつ釣り上がっていき、相好から笑みが消える。ネカルクはそのまま言葉を続けていった。
「まず奴らは手始めに魔族と竜族の血を呪った。呪いに侵された者は同族と子を成せなくなり、その血は人間の短い寿命を補う薬として持て囃された。」
「まさか、それが妖精種……」
「おぞましいだろう?ここまで人間に都合がいい存在が許されていること自体が、看過してよい状態ではないのじゃ。魔族と竜族は神々に抗議するべく戦争を起こした……そこからは、お主らもよく知っておるじゃろう。神に敗れた竜族はほとんどが封印され、数の多さでなんとか全滅を免れた魔族は地上の隅に追いやられ、その隙をついた人間が地上の半分を支配した。だから余は、人間を滅ぼしたうえで神々に復讐せねばならんのだ。」
ネカルクから漏れる魔力がビリビリとアルエット達を貫く。アルエットは迸る魔力を腕で遮るように堪えながら、なんとか口を開いてネカルクへ尋ねる。
「だとしても……どうして貴女が復讐にこだわる必要があるの?今まで出会った魔族は……貴女ほど人間を滅ぼすことに拘っていなかった。貴女を突き動かす想いの根源は一体何……?」
「つくづく、無知の罪深さを実感するのう……。いいだろう、教えてやる。」
ネカルクは呆れ果てた表情でそう言うと、深呼吸を一つし、もったいぶった表情で顔を上げる。その間、アムリスがふと呟いた。
「そういえば、妖精種が同族と子供を作れないなんて初めて知りましたね。」
「言われてみれば、俺も初めて聞きました。確かにアルエット様も父親は人間だったって……」
「あと、さっきフレンヴェルの話を聞いてからずっと引っかかってたんですけど、魔王の子供がエルフとの混血児たった一人って不思議じゃないですか?世襲制の王族っぽくないなぁって……」
アムリスの言葉で、アルエットは何かに気付いたようにネカルクを見つめる。ネカルクはやっと気付いたかと言わんばかりにため息を一つつく。
「まさか……魔王ネカルク・アルドネアは妖精種……!?」
「ご名答。どうだ?呪われた者が呪いをかけた者を恨む……不思議がるようなことは何もなかろう?」
ネカルクは口元に笑みを浮かべながら、やれやれといったように肩をすくめ首を振る。アルエットは唖然としたままネカルクを見上げていた。