決戦ⅩⅧ VSネカルク・アルドネア②
魔王城五階、玉座の間。ネカルクはアムリス達と激突を繰り返していた。お互いに傷を負いながらも戦いは一進一退をきわめていた。さらに、
「ちぃっ、目障りだな!!」
ガステイルの放った弾丸がネカルクに当たる。ネカルクの額から血が流れ、思わず片目を閉じてしまう。アムリスはその隙に乗じ一気に間合いを詰める。
「隙ありっ!!」
「くっ!」
アムリスは振りかぶった剣を一息に振り下ろす。ネカルクは慌てて触手の壁を展開する。フレンヴェルはあっさりと壁を斬り裂き、ネカルクの本体が露出する。そこへ一発の弾丸がアムリスの背後から放たれる。寸分の狂いなくネカルクの心臓目掛けて進む弾丸が触れる寸前、
「……水鏡術、起動!」
ネカルクが不本意を顕わに眉を歪めながらそう叫んだ。ネカルクに触れた弾丸はその瞬間、真上に弾かれるように吹き飛んだ。そして天井へと着弾し、瓦礫の雨がパラパラとネカルクに降りかかる。舞い上がった土煙が晴れると、左眼だけ淡い青に変化したネカルクが静かにアムリス達を見つめていた。それまでの激しい怒りの感情が消えた静かな表情を見たアルエットは、
「二人とも、気をつけて!!」
と突如、ルーグとアムリスに注意を促す。その次の瞬間には、二人に無数の触手が迫っていた。
「速……」
「チッ!!」
ルーグとアムリスは驚きながらも何とか迎撃し、触手を斬り裂いた。しかし、
「……甘いな」
「なんだと!?」
二人が斬った瞬間に触手は再生し、その勢いのまま二人へ襲いかかる。
「きゃあああっ!」
「ぐはぁぁっ!」
触手が直撃した二人はガステイルの足元まで弾き飛ばされる。
「くっそ!」
ガステイルは目の色を変え、魔法で創造した弾丸をネカルクに向けて発射する。しかし、
「それはもう効かんぞ。」
弾丸はネカルクに触れた瞬間、ガステイルの元へ加速しながら反射されてしまう。ガステイルは慌てながらもう一発弾丸を発射し、空中で衝突させて相殺させる。その間にもネカルクは一歩ずつゆっくりと迫っていた。ガステイルは冷や汗を流しながらネカルクを見上げていた。
「残念ながら、ツキは余の方にあったようじゃのう。」
ネカルクはそんなガステイルを無視するようにアルエットへと語りかけた。アルエットは神妙な面持ちのままネカルクを見つめたまま黙り込んでいた。
「もはや反論する余裕すらないか。もっと骨のあるやつだと期待しておったんじゃがのう……。」
「悪いけど、その三人にトドメを刺す前に勝ち誇られても何の説得力もないわ。」
「どこまでも生意気な小娘じゃ……お望み通り、此奴らを目の前で殺してやる!せいぜい自分の無力を恨むんだな!!」
ネカルクは腕に力を込めて拳を握りしめ、立ち上がれずにいるルーグ、アムリス、ガステイルの元へと歩みを進める。一歩、また一歩……次の一歩を踏み出した瞬間、
「今だッ!!」
ガステイルが叫び、両手をネカルクに突き出しながら手のひらを大きく広げる。そして、
「再び駆けろ!『潜む弾丸・軌跡緊縛!!』」
「なんじゃとっ!!」
そう唱えた瞬間、付近に散らばっていた弾丸が魔力の尾を引きながらネカルクの周りを動き回る。そしてその魔力の尾がネカルクの体と触手を縛り上げ、ネカルクの身動きを封じた。
「くぅっ……こんなもの、水鏡術で……!!」
「させるかよっ!我慢比べといこうぜ、魔王サマよぉ!!」
魔力の尾を水鏡術で弾こうとするネカルクと、魔力の圧力で封じ込めようとするガステイル。しかし……本命の一撃はその一瞬の隙に、ネカルクの懐へと潜り込んでいた。
「終わりよ……ネカルク・アルドネア。」
アルエットの巨大な爪がネカルクの胸部に突き刺さった……皮膚、一枚だけ。
「な……ん……」
アルエットの腕は伸び切っていなかった。ネカルクの腰から伸びた一対の触手がアルエットの腕を掴み受け止めていたのである。
「……褒めてやろう。この私に"触腕"を使わせたんじゃからな。」
「触腕……!?」
「だけど残念じゃのう……お主たちの健闘は歴史にも残らず消えていくのじゃ。なぜなら……」
「ガステイル!!!」
アルエットは鬼のような形相で振り向きながら後方へ叫んだ。しかし、
「余、手ずから……妖羽化で残らず塵にしてしまうからのう。」
ネカルクのその言葉と共に、彼女を包む凄まじい濃度の魔力の繭に四人が弾き飛ばされてしまった。繭が蠢くごとに魔王城全体が大きく軋むほどの巨大なエネルギーの塊を、アルエットは顔を真っ青にしながら息を呑み見つめていた。
繭が晴れる。行き場をなくした巨大なエネルギーは拡散し、玉座の間を破壊し尽くした。何とか耐えたアルエット達は、産声を上げた怪物をその目に収めた。
「お待ちかね……お主たちが見たがっておった余の妖羽化・水面微風じゃ。」
白い肌と髪はそのままに、身長が伸び身体が幼子から大人に成長したような変化を遂げたネカルクは勝ち誇るように言い放つ。口元には布を巻いたような白い三角形の膜が生え、額にはまるで王冠のように四芒星が五つ、光を放ち並んでいた。
「あ……妖羽化、させちゃった……」
「ち……畜生ぉぉ!!!」
腰を抜かしたアムリスをよそに、激昂しながら剣を構えてネカルクに突撃するルーグ。一気に間合いを詰め、左肩から一息に袈裟斬りにするルーグ。ネカルクは全く避ける様子もなく、棒立ちでルーグの攻撃を受けた。しかし、
「え……。」
何の手応えもなく、ルーグの剣はネカルクの身体を通過した。呆気にとられネカルクの身体を見るルーグ。ネカルクの身体にまるで水面のような波紋が浮かんでいた。次の瞬間、
「ぶッ!!」
ルーグの顔面に触腕が突き刺さり、入り口の扉横の壁まで吹き飛ばされた。ガラガラと崩れる壁の中から剣を支えにしながら立ち上がるルーグ……その表情には、絶望が深く深く刻まれていた。