決戦ⅩⅥ 水鏡術
「これが、僕が魔王の子供でありながら聖剣となった顛末だよ。」
「なっ……」
現代の魔王城、子供部屋。ガステイル、ルーグ、アルエットは絶句しながらフレンヴェルを見つめていた。しかしアムリスは一人だけ、フレンヴェルを見ながら合点がいったように、
「なるほどね……」
と呟いた。フレンヴェルはそのアムリスの反応に興味を示したように尋ねる。
「聖剣所有者、何か気になっていたのかい?」
「まあね……気になったというか、あなたが持ち主を選ぶ基準を思い出したのよ。」
「基準……あぁ、そんなのもあったねぇ。」
「理想家で、頑固で、究極なまでの欲張り……それってまさに、当時のあなた自身のことなんじゃないかって。」
アムリスは顎を引きフレンヴェルをじっと見つめる。フレンヴェルは目を細め、やがて柔らかく自嘲気味に微笑んだ。
「よく分かったね。あのときの僕には理想を実現するだけの力がなかった。だから……せめて僕を所有する者には、力が足りない後悔を味わって欲しくないと思ったんだ。」
「後悔か……」
フレンヴェルの言葉にガステイルがボソリと呟いた。アルエットはやれやれと首を振りながらフレンヴェルに言う。
「つまりあんたは魔王の息子で、本来は魔族側の人間……そうなのね?」
「ちょ、アルエット様!?」
ルーグとアムリスが大慌てでアルエットの方へ向く。フレンヴェルは口を真一文字に結んでじっとアルエットを見つめながら、こくりと頷いた。
「それなのにどうして、人間の味方をするの?あなたが100%裏切らないとどうして言い切れるの?」
「殿下!そこまでに……」
「ははっ、何を言い出すかと思えば……僕は君たちが産まれてくるずっと前から何度も魔王と戦ってるんだ。英雄アルレットの時も、その前も後もね……裏切らない証拠なら、それで十分だろ?」
フレンヴェルは意地の悪い笑みを浮かべアルエットへ答える。アルエットは不満気にフレンヴェルを見つめていた。
「納得したとは言い難い表情だね。」
「ええ……私には分からないわね。まだ母親と共に暮らせる可能性がありながら、あっさりその可能性を放棄するなんて。高尚すぎて想像もできない。」
「はっ、そうか。母親を二度も目の前で殺されたのに何もできなかったんだもんね。そりゃ理解できるわけないよ。」
「口だけは達者じゃない……」
「わぁぁ!二人とも、ストップ!ストップ!!」
一触即発の両者、その間に割って入るようにルーグとアムリスがそれぞれアルエットとフレンヴェルを押さえる。
「アルエット様、どうしたんですか!?そんなに疑心暗鬼になるなんて、らしくないですよ!」
「黙ってなさい、ルーグ。私はあのナマクラに話があんの。」
「ちょっと、抑えてください!フレンヴェルも大人気ないですよ!!」
「ほっといてよ、聖剣所有者。おい女!何が望みか言ってみろよ。ネカルクのことならなんでも答えてやるよ。」
「だったら、魔王の妖羽化のことについて教えなさい。答えられたなら信用してあげる。」
アルエットの言葉にルーグとアムリスはハッと目を見開く。
「まさか、初めからこのつもりで……?」
「フレンヴェル、どうなの?答えられるの?」
「ああ、知ってる……見たことはまだないけどな。」
「だったら、お願い。教えて欲しい。」
「……嫌だね。」
「どうして!?」
「知ってたところで防げなきゃ意味がないんだよ。デステールが言ってただろ?魔王の妖羽化は発動した時点で僕たちの負け……あいつを倒すのは、今ある情報だけで十分だからさ。」
「でもそれじゃ、あなたが信用されないまま……」
「……だったら、ヒントだけくれてやる。魔王が使う魔法は二つ……『水鏡術』と『波を起こす魔法』だ。彼女の妖羽化はその二つの合わせ技さ。」
「水鏡術だって!?」
唐突に会話に割って入るガステイルが大きな声を上げる。そして彼は持っていた本のうちのひとつ――『水鏡術の極み』を引っ張り出した。
「読んだのかい?」
「初めの方、少しだけな……。水鏡術の概要くらいしか分からなかったけど。」
「それでもいいわ……教えて、ガステイル!」
「……水鏡術というのは、全身に魔力の薄い膜を張って魔力を識別し、体に触れた別の魔力を弾く魔法だ。」
「そこまで分かれば上出来さ。それじゃ、もういいかな。」
「待ちなさい!まだ疑惑は……」
「いやいや、そもそも僕は今から剣になるんだからさ、それからは聖剣所有者に従うしかないんだよ。僕側から操る術は存在しないんだから、裏切りようがないんだって。」
「う、でも……」
「情報は渡した。辿り着くかどうかはあんた次第さ。それじゃ聖剣所有者、呪文を頼むよ。」
「え、ええ……」
アムリスはそう返事をすると、座っているフレンヴェルの肩に手を置く。そして、
「いくよ、『導いて』!!」
「「『武器変化』!!」」
アムリスとフレンヴェルの声が轟き、フレンヴェルの体が眩く光る。アルエット達は思わず目を伏せ顔を背けた。やがて光は徐々に弱まると、剣の姿に戻ったフレンヴェルとその柄を逆手に持ちながら立つアムリスがその中から姿を現した。
「……終わったみたいだな。」
「ええ、お騒がせしました。急ぎましょう。」
「こちらこそ、悪かったわね。アムリス。」
「え?アルエット様、いいんですか?」
「概ね、予想はついたわ。もしそれが正しければ……二人の言うとおり、妖羽化されたら負けだわ。」
「えぇ!アルエット様本気でフレンヴェルを疑ってたんじゃないんですか!?」
ルーグのリアクションに、アルエットとガステイルは呆れたようにため息をつく。
「ルーグ……」
「ルーグさん……」
「えええ!これ俺が悪いんですか!?!?」
ルーグはガックリと肩を落としその場に膝をつく。
「全く……無駄話はここまでにして、さっさと行くわよ。」
アルエットはそういうと、ルーグの右腕を掴み引きずって進む。
「痛い痛い!立ちます!立ちますから!!」
子供部屋の外の廊下に、ルーグの悲鳴が響いた。