決戦Ⅷ VSデステール⑤
アルエット達とデステールの激突は数度続いた。両陣営の実力は完全に拮抗し、一進一退の攻防が繰り広げられていた。だがそれは、外法による精神汚染が進行し、互いに立っているのがやっとになるほどのダメージを負っていることを示していた。
「ぶっ!」
アルエットの右ストレートがデステールの頬を捉える。踏ん張りが効かなくなっていたデステールは勢いよく地面を滑り、刀を杖にしながらなんとかその場に留まる。デステールはそのまま下を向き、肩で息をしていた。
「ハァッ……ハァッ……」
デステールは錆びたブリキの人形のようにがたがたと小刻みに震えながら、アルエット達の方へ顔を上げる。ぼやけて輪郭がはっきりしない視界、それに抗うべく目を思いっきり細め、ピントを合わせる。脳内に響く怨嗟の声が彼の精神力を削っていく。間合いを取り数メートル先で片膝をついているアルエットを見ながら、デステールはニヤリと笑った。
「な、何がおかしいのよ……」
「いやなに、もはやお互い体力も気力もまるで残っていないなと思ったのでな。」
「ええ。おかげさまで……これから魔王に挑むっていうのに、迷惑な話よね。」
「なんだ、そんなことを心配していたのか?だったら気にする必要はない……」
「どういう意味よ、それ。」
「僕の妖羽化の特徴……覚えているか?」
「……確か、発現時に結界を展開することができるんだったわよね。」
「その通り。こないだのフォーゲルシュタットのときは魔力封印の結界を展開した。その効果はアルエットも記憶に新しいだろう?」
アルエットの脳裏に、フォーゲルシュタットでの敗戦が蘇る。手も足も出ずやられた苦い記憶が過ぎったアルエットは思わず冷や汗を浮かべ、デステールに向かって叫んだ。
「貴方、今度は一体何を……!」
「今回の結界そのものの効果は大したことはない。せいぜい身体強化くらいのもんだ……ただし、自壊効果に少し仕掛けをしてある。」
「仕掛け……?」
「その結界は僕かお前が敗北を認めると破壊される……その瞬間、勝った方の傷と魔力は回復する……それも、戦いそのものがなかったかのように、な。だから、勝った方は当初の予定通りに魔王に挑むことができる。」
「負けを宣言した方は、どうなるのよ。」
「敗者は勝者の傷を全て請け負う……つまり、敗北を認めたその瞬間に、僕の場合ならお前たち三人分の、アルエットの場合なら僕の分のダメージを一気に受けるということになる。」
「なんですって!?」
流石に驚きを隠せず、愕然とした表情で反応するアルエット。その表情もすぐに苦々しくものへと変わり、デステールに文句を言う。
「そんなの、今バラすんじゃないわよ!!!」
「今しかなかったもんでな。お互い、次の一撃が勝負を決める……それはお前も分かってるだろう?」
「それは……そうかもしれないけど。」
「分かったら、話は終わりだ。」
デステールはそう言うと、刀を構え魔力を再び高め始める。周囲の怨念を無尽蔵に吸収しデステールの魔力が膨れ上がっていく。その魔力はバチバチと音を立てながらスパークし、デステールの周囲の空間を歪めていく。デステールの全身全霊を込めたその威圧感に、アルエット達はただ圧倒され呆然と立ち尽くしていた。
「死にたくなきゃ、必死で耐えてみせろ。」
デステールはそう言いながら刀を担ぎ、地面を強く蹴り出してアルエットの元へと迫る。しかし、その刀がアルエットに向けて振り下ろされることは無かった。
「火炎の弾丸・着弾爆発!」
「うぐおぁぁっ!!」
アルエットの右後方、ジューデスの周囲に鬱蒼と広がっていた森の中から、一発の炎の弾丸が放たれデステールを捉えた。着弾と同時に爆発した炎がデステールを包んでいく。体力も精神力も限界を超えていたデステールはそのダメージで、ついに刀を手放してしまった。アルエットはその隙を見逃さなかった。
「今だッ!!」
アルエットはデステールの刀めがけて一気に距離を縮め、その刀を掴む。その瞬間、アルエットに死者の怨嗟が襲いかかった。一瞬クラッとふらついたアルエット、だがすぐに持ち堪え、
「うおおおおお!!!」
そう叫びながら、炎に包まれるデステールを一刀に斬り伏せた。アルエットは脳内に響く怨嗟に堪らず刀を無造作に投げ捨て、肩で息をしながらデステールを見つめている。デステールの周りの炎は散り、デステール自身も身体に力が入らないことを悟っていた。
「……ああ、僕の負けだね。」
虚ろな目でデステールがそう呟いた瞬間、大きく刻まれた袈裟斬りの傷から大量の血が吹き出した。妖羽化は解かれ、全身を衝撃が襲い、口からも血を吐きながら力無く前に倒れ込むデステール。そんな兄を、目の前にいた妹が体ごと受け止めた。
「「アルエット様!!」」
デステールの結界が解かれたことでダメージが回復したルーグとアムリスがアルエットの元へと駆け寄った。アルエットは二人を制止し、デステールを仰向けに寝かせる。そして手のひらを臍の前で交差させるように置き、立ち上がって魔王城へと向かおうとした。その瞬間、
「待て……」
デステールが今にも消え入りそうな声でアルエットを呼び止めた。