陰謀Ⅵ 悪手
「これはこれは、アルエット王女殿下。」
テントから出てくるなり傅くセリシア。
「セリシア殿、ご武名はかねがねお伺いしています。頭を上げてください。」
「いえ、本来はこちらが人をやりお出迎えせねばならないところでございます。ご無礼をお許しください。」
「いやいや、急な話でそちらの会議の邪魔をしてこちらこそ申し訳ないわ。」
「いえ、滅相もございません。立ち話もなんですし、どうぞこちらへ」
セリシアに促され、アルエットとルーグはテントに入る。右奥では修道士達が軍議を重ねている。
「あの蜂に、この人数で挑むのですか?」
「本来ならあと二人、非常に有望な戦士がいたんですが……今は」
セリシアは左奥に立てかけられている聖剣をちらと見る。装飾こそ華美だが、聖剣は輝きを失い、魔力も一切感じられない。
「随分、立派な剣ですね。それが噂の?」
「ええ。ですが持ち主を失った今はなまくらにすぎません。」
(持ち主を失った、ねぇ……)
「……まあ、そろそろ本題に入りましょうか。村人救出作戦……もとい、スパイン・ホーネット殲滅作戦の詳細をお聞きしたくてね。」
セリシアの顔が強張る。どうやら蜂殲滅作戦の方は隠しておきたかった事情のようだ。まあ、周りにある銃火器の数が物語ったわけだが。
「……明日の夜明け決行、ということしか伝えられない。申し訳ないが、そもそもあなたがたの存在がイレギュラーゆえ、今から作戦と配置を変更するわけにはいきません。村人の救出班として動いていただくことになるだろうが、詳細はそのときに追ってお伝えする。」
まだ、隠しておきたいことがあるらしい。まあ確かに、セリシアの立場ならいくら王女とはいえこんなヤツら信用できないに決まっている。
「分かりました。」
「宿の手配はよろしいか?」
「ええ、こちらでなんとかします。」
そう告げて一礼し、アルエットとルーグはテントを出た。
イェーゴ村、牢獄。のどかな田舎に似つかわしくない、あまりにも異質な無機質の檻。
「ここですね」
村人の一人がアルエット達を案内する。村の外れのその檻には少女が囚われていた。
「ふむ、ありがとう。助かったわ。」
アルエットがお礼を言うも、村人は俯いている。
「どうした?」
「……王女様、アムリス様を助けてあげてください。」
その申し出に、アルエットは驚いた。
「どうして?」
「あの方は、魔法で私の母の病を治してくれました。私だけではございません。あの方は村の病人や怪我人の治療を全て引き受けてくださいました。魔法に関しては門外漢でございますが、あれだけの聖魔法の使い手であれだけの優しい心を持つお方が、魔族の内通者だとは思えないのです。」
「なるほど、事情は全て分かったよ。だけどそれは君自身が彼女に伝えるべきだ。このイェーゴ村の人間である君自身の言葉と心が、彼女への一番の薬になる。」
そうして、三人は檻の前に立ち、中にいる少女を呼んだ。檻の中は暗く汚く、出されている食事には一切手がつけられていない。少女の姿は痩せこけており、一つ一つのパーツはなまじ整っているだけに涙の跡と痩けた頬が悪目立ちしている。
「私に……なんの用ですか?」
絞り出したような、弱く、痛ましい声。事件前は天真爛漫な子だったと聞いていたが、その影はもはやない。
「いいや、こっちの坊やが君に用があるそうな。話を聞いてやってくれんかね?」
少女は黙って村人の青年の方に向く。異様な威圧感に、青年は気圧されたじろぐも
「ア、アムリス様!!ルイです。母の目を治してもらったルイです!母は趣味だった裁縫と料理がまたできるとすごく感謝していました!あのっ……私も、母も、貴女の誤解が一刻も早く晴れることを信じています。」
「……ルイ、お母さんを大事にしてあげてね。」
「は、はい!!」
アムリスの緊張感がほぐれ、異様な威圧感が消え去る。光無く濁った青い瞳の奥に、優しさが宿ったような気がした。しかし、
「あの、それで、今日はアムリス様にお礼の品を持ってきたんです。」
ルイと呼ばれた青年が風呂敷を見せた瞬間、アムリスが豹変した。
「うわあああああああああ!!!」
叫び声をあげ、檻を力強く掴んで大きく揺らす。アルエットは風呂敷を隠すように促し、青年を庇うように間に入る。しばらく檻を揺らしていたが、その力はだんだん弱まっていき
「あ……あぁ……、うぅっ!」
突如顔を背け、大きな声で何度もえずいた。いや、実際には嘔吐だったんだろうが、どうも少女の中には吐けるものが何もないらしい。
(まずいな……悪手だったみたいだ)
アルエットはルイを帰らせ、アムリスが落ち着くのを待つことにした。