章末閑話7 お転婆兎と人形執事・後編
「なに?失敗したじゃと?」
ヴォリクスはジューデスに戻り、ラムディアを襲撃した結果をフラーヴに報告していた。フラーヴは一瞬目を見開き驚くが、すぐに平静を装うように髭をさすりながら呟いた。
「珍しいこともあるもんじゃ……あの女は、それほどの手練じゃと言うのか?」
「いえ、その……」
ヴォリクスは顛末を詳細に語った。フラーヴは残念そうに目を瞑り、唸りながら言葉を紡ぐ。
「うむぅ……まさかお前に、そんな感情が残っておったとはのう……。」
「すみません、フラーヴ卿。」
「別に咎めるつもりはないが、分かっておるのか?お前は土人形に魂を入れているだけの存在……お前が何を望んだとて、生殖機能すらないお前じゃあの女と共には生きていけぬ。子を成せぬ恋愛感情など、邪魔なだけじゃぞ。」
「れ、恋愛感情なんて、そのようなことは……。」
「それならばそれで良い。恋愛感情を抱いていないのならば、今後の任務にも何も影響はないのじゃからな。」
フラーヴは立ち上がり、ヴォリクスに背を向ける。ヴォリクスは頭を下げ傅いたまま動かない。
「とにかく、この件はよい。すぐに切り替えて次の仕事で挽回しろ。」
「……お心遣い、感謝いたします。」
ヴォリクスはそう言って立ち上がり、フラーヴの私室を後にした。フラーヴはヴォリクスの方を見向きもせず、窓の外からジューデスを見下ろしていた。
(非生物の器に魂を入れ込むとこのような矛盾が起こるのか……良いサンプルが取れたのう。それはそれとして念の為、ラムディアの周辺を探らせておくか。それで恩を売れればなお良い。さて、誰を送るかな……)
そんな折、フラーヴの私室の扉をノックした音が聞こえた。フラーヴが中へと促すと、一人のダークエルフの女性が一礼し入室する。
「失礼します、フラーヴ様。」
「ロマリアか……なにか用かね?」
「シーベル様がお呼びです。」
「全く……いつもの我儘だろう。捨て置け。」
「で、ですがフラーヴ様、お孫様への態度としてそれはいささか厳しすぎるのでは……」
「良いと言ったら良いのじゃ!……そんなことより、お前、いいところに来たのう。」
フラーヴは目を細めながらロマリアを見つめる。ロマリアはその視線に悪寒を感じながら、貼り付けたような笑顔を見せながらフラーヴへ跪く。
「いいところ、とは……」
「ラムディア・ストームヴェルンという女を知っておるか?」
「え、ええ……。彼女の師匠と言われている方が同郷のエルフだと……」
ロマリアの言葉に、フラーヴは驚きロマリアに詰め寄りながら言う。
「なんと!まさかゼーレン卿のことかね!?」
「え、えぇ……。」
「そうかそうか……うむ、実に僥倖。だとすれば話は早い。お前にその女の監視任務を与える。」
「私が……ですか!?」
「ああ。ゼーレン卿の門下生にでもなれば接近できるだろう。そうして信頼を稼いで来るのじゃ……我が派閥に引き込むためにのう。」
「あ、あの……そもそも、私がゼーレン様のお眼鏡にかなうかどうかは分からないかと……」
「私が軽く口添えするに決まっておろうが。それに知っておるぞ……お前が自分の魔法を生かすために、私の目を盗んで剣の鍛錬を積んでいることくらいのう。」
「う、うぐっ……」
「これ以上我流で剣を振るっても、あまり効果はなかろう。お前のためにも弟子入りした方が良いと言っておるんじゃ……分かったなら、明日にでも発て。」
「ひぇぇ、わ、分かりました……失礼します。」
ロマリアは肩をすぼませながら一礼しフラーヴの部屋を後にする。バタンと扉が閉まると同時に、フラーヴは口角を大きく上げ、込み上げてくる感情のまま高らかに笑った。
それから数十年後、魔族襲撃事件を経たラムディアが正式に四天王に任命される日がやってきた。ジューデスの魔王城、フラーヴの私室にてヴォリクスは衝撃の命令を賜った。
「俺を、ラムディア様に送ると……?」
「ホッホッホ……願ってもない話だろう?」
「いえ、そんな……あれから何十年も経っていますし、お互いほとぼりも冷めてしまっていますよ!」
「そんなに顔を赤くしても、説得力がまるでないのう。」
ヴォリクスは慌てて顔を手で覆う。フラーヴはその様子に目を細めながら言葉を続ける。
「まあ聞け。これはあくまで私に利するための任務じゃ。あの女を私の側へと引き入れるための……な。」
「それって、ロマリアの……」
「ああ……だが彼女は途中で死んでしまった。じゃから、計画の仕上げを担当する者が必要なんじゃ。」
「それが、俺ってことか……」
「分かったようじゃのう。だったら早く……」
「フラーヴ卿、お世話になりました。」
フラーヴが言い終わるよりも早く、跪いていたヴォリクスが立ち上がり一礼する。そしてその部屋を凄い勢いで駆け出していった。フラーヴはそんな彼の跡を呆気にとられた眼差しで見下ろしながら、ため息を一つ吐いた。
ほぼ同時刻、ジューデスの魔王城の一室。本来は客人用に使われている部屋にて、ラムディアはただ一人で全身をカチコチに強張らせながら座っていた。
「ひぃっ!」
響くノックの音に反射的に声を上げたラムディア。プルプルと震えながら立ち上がり、手と足を同時に突き出しながらドアへと歩み、外にいた客人の顔を見つめる。そこには、数十年振りに見る懐かしく優しい顔があった。
「ヴォリクス……久しぶりね!」
「お久しぶりです……ラムディア様。」
「様……?」
足元で仰々しく傅くヴォリクスに違和感を覚えるラムディア。慣れない敬語におぞましさを感じ、ヴォリクスに目線を合わせるようにしゃがみこんで問い質した。
「様ってなによ!!あと何その態度、鳥肌が立ったんだけど!」
「この度は四天王就任おめでとうございます、とフラーヴ卿から伝言をお預かりしています。」
「話聞いてた!?」
「分かっております……態度についてですね。私なりに新しいご主人様へのファーストコンタクトとして考えていたのですが……不服でしょうか?」
「ご主人様って、ええ!?」
「フラーヴ卿からの四天王就任祝い……でございます。」
ヴォリクスはそう呟くと、あまりの恥ずかしさに顔を真っ赤にしながら俯く。その仰々しさもヴォリクスの照れ隠しであると漸く気付いたラムディアはふぅと息を吐き、優しく微笑みながらヴォリクスに語りかける。
「ご主人様……っていうのはいささか不服だけど、また会えて嬉しいよ。よろしく、ヴォリクス。」
「……はい。俺もまた会えて嬉しいです。ラムディア様。」
ラムディアはヴォリクスに手を伸ばし、ヴォリクスを立ち上がらせると部屋の中へと招き入れた。そして用意されていたテーブルの前の椅子へと促し、自身も向かいの椅子へと座る。その途端に頬をムッと膨らませながらヴォリクスに訴えた。
「あのさ、ラムディア"様"だけは辞めてくれないかな?」
「なぜでしょう?」
「そりゃだって、まだ呼ばれ慣れてないから変な気持ちになるし……それに、貴方には呼び捨てで呼ばれたいし……」
ラムディアは目を逸らしながらボソボソと呟いた。ヴォリクスはすっとぼけた様子でラムディアに聞き返す。
「すみません、二つ目の理由が聞き取れませんでした。」
「ば、ばばばばばば、ばか!!なんでもないわよ!!とにかく、名前+様って呼び方以外ならなんでもいいから、ラムディア様っていうのはやめて……。」
大慌てでヴォリクスの言葉を遮るラムディアを見つめながら、やれやれと呆れたようにため息を吐くヴォリクス。
「だったら、無難に"お嬢様"でもよろしいですかね?」
「まだちょっと恥ずかしいし……ヤッパリ主従関係ナノハ気ニナルケレド……まあ、それで妥協してあげるわ。」
「……分かりました。そろそろ式典も始まります。今回はご挨拶に来ただけですので、それでは。」
ヴォリクスがそう言って立ち上がると、ラムディアは出入り口へと駆け出し、扉を開いたまま支える。その別れ際、二人が最も近付いた瞬間、
「……お嬢様には、きっと良い方が見つかりますから。」
ヴォリクスはそう囁き、部屋を後にする。ラムディアは何か言いたげにヴォリクスの後を数歩進んだが、すぐに諦めてその場に立ち尽くした。
式典は無事に終了した。