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章末閑話6 お転婆兎と人形執事・中編

 魔族領西部、辺境の地スヴェーナ付近の森にて、ラムディアは剣術の稽古がてら狩りをしていた。その様子をヴォリクスは物陰の木のそばで見つめていた。


(あいつが、フラーヴ卿の言っていた……)

「はぁぁぁっ!!」


 ラムディアはそう声を上げ、大きなイノシシのような獣に突撃する。そんな彼女を迎え撃つが如く、獣も鼻息を荒らげ全身に力を込めて突進する。その激突の瞬間、


「はぁぁぁ、連装白嵐剣舞っ!」


 ラムディアの声が轟き、獣の身体から一気に血が吹き出す。獣は呻くような断末魔とともにドサリと崩れ落ちた。


(なるほど、腕はなかなか……まあ、荒削りだが。)


 ヴォリクスは木の影の中で、先ほどのラムディアの技を思い起こしていた。目にも止まらぬスピードで放たれる剣撃こそ脅威だが、剣に込めた魔力がまるで制御できておらず、放たれた斬撃はラムディアの半径数メートル範囲の木々をなぎ倒し更地へと変えていた。ラムディアは周囲の惨状を見回し、ため息をひとつついた。


「はぁ……またダメだった。まだまだ完成は遠いなぁ。」

(まあ、確かにポテンシャルの高さは感じる。まだ100歳にもなってないと聞いていたが……。フラーヴ卿が焦るのも分からなくはないね。)

「悪いけど、俺じゃなくてフラーヴ卿を恨んでくれよ。」


 ヴォリクスはそう呟き、右手に槍を持ちながら影の出口に手をかけ外へと出ようとする。その瞬間、


「誰だ!!」


 とラムディアがヴォリクスの方へと刀を構えながら叫ぶ。ヴォリクスは慌てて手を引っ込め、


(チッ……バレたか!?)


 と様子を伺うべく影の中へと再び潜った。しかしラムディアの目線は、ヴォリクスではなくさらにもっと大きなものへと向けられていた。


「……とんだ大物のお出ましね。」


 ラムディアが見つめる先には、3メートル以上はある巨大な熊が立っていた。大きく発達した爪と牙がギラリと光を反射し、その目はまるで狙いを定めるようにラムディアをじっと見下ろしている。


(おいおい……あんなの、四天王クラスでもない限り一人で相手するもんじゃないだろ!あんな化け物みたいな猛獣が出てくんのかよ、この辺じゃ!!)


 ヴォリクスは影の中で熊を見つめ息を呑んだ。しかし、


「いや、今なら好都合か……この熊の影に移り、隙を見てラムディアを殺す!」


 ヴォリクスは自身にそう言い聞かせ、拳を握り熊の影へと移動する。

 ラムディアと熊はしばらく互いに出方を窺っていたが、まず行動に出たのは熊であった。その巨体に似合わぬ速さで接近し、ラムディアに向かって巨大な爪を振り下ろす。しかしラムディアも速さなら負けておらず、側面に回り込むように回避する。


(あの一瞬の攻撃をしっかり反応できる瞬発力と脚力……なるほど、種族的なアドバンテージか。)


 ヴォリクスはラムディアの戦いを分析しながら見つめる。熊の爪攻撃の猛烈なラッシュを掻い潜りラムディアの剣撃が熊にヒットする。しかし、


「なっ……!!」


 かなり劣化していたのであろう……ラムディアのパワーと熊の硬い筋肉に、剣が耐えきれず根元からパキリと折れてしまった。剣先は宙を舞い、ラムディアの背後の地面へと突き刺さった。動揺したラムディアはそれを目で追ってしまう……その隙を、熊は見逃さなかった。


「しまった!!」


 熊は両腕を思いっきり振り下ろし、爪がラムディアを襲う。虚をつかれたラムディアは避けることもできずに目をぎゅっと閉じるだけであった。


(……よし、これでこの女は殺される。その死体を持って帰りゃあの男は喜んでくれるだろう。)


 ヴォリクスは影の中でそんなことを考えながら様子を見つめていた。しかし、


「助けて……」


 追い詰められて絶体絶命のラムディアが放った、か弱い声……それが、ヴォリクスの耳に強く刻まれた。


「ちっ……」


 太陽を背にラムディアを襲う熊、その胸に、一本の槍が突き刺さった。ラムディアと熊の間に割って入るように現れたヴォリクスは、歯を食いしばりながら熊から槍を引き抜き、


「少し、我慢してください。」

「えっ……」


 そう言って、ラムディアを抱きかかえ熊から間合いをとる。絶命した熊はうつ伏せに倒れ、地面を激しく揺らす。ヴォリクスとラムディアはそれを静かに見つめていた。


(なんてこった……勝手に身体が動いちまった。フラーヴ卿になんて言えば……)


 ヴォリクスはラムディアを抱えたまま、苦虫を噛み潰したような顔で熊の死体を見下ろす。すると彼の耳元で、小さな声が聞こえた。


「あの……そろそろ、降ろして貰えませんか?」

「え……」


 不意に声をかけられたヴォリクスはラムディアの方へと顔を向ける。その瞬間、ヴォリクスの心臓が早鐘を打つ。

 白く透明感のある肌に、吸い込まれそうな鮮やかな深紅の瞳。気恥ずかしさも相まってより小さく見える、弾力のある唇……。息が当たるほどの至近距離で恥ずかしそうに俯いているその女魔族は、ヴォリクスがそれまで見たどの女性よりも可憐で魅力的に見えた。


「あっ……ご、ごめんなさい!!」


 ヴォリクスは大慌てでラムディアを降ろす。そして真っ赤になった顔をバツが悪そうにラムディアから背ける。しかしラムディアも全く同じ行動をとり、顔を逸らして俯く。そんな気まずい沈黙が、しばらくこの空間に流れていた。やがて我慢できなくなったラムディアが、顔を逸らしたまま口を開いた。


「あ、あの。助けてくれて、ありがとうございました。」

「え……あ、ああ。そ、そうですね。いやそんな感謝される筋合いはあまりないというか……」

「そ、それで……もし良かったら、お名前とかお聞きしたいんですが……」

「名乗るほどでもないんで!それじゃ!悪しからず!!」

「待ってください!」


 適当に切り上げて帰ろうとするヴォリクスの手を掴み、引き止めるラムディア。ふわりと柔らかく風になびく髪に目を取られ、ヴォリクスはつい立ち止まってしまった。


「きちんとお礼をさせてください!私、これでも魔王軍で出世頭として期待されているんです。ある程度のものであれば用意はできるので!」

(そんなこと、もう知ってるんだけどなぁ……)


 ヴォリクスの煮え切らない態度に、ラムディアは息をふうと吐き、


「私はラムディア・ストームヴェルンと言います。貴方の名前を、お聞かせください。」


 と告げ、真っ直ぐな瞳でヴォリクスを見つめる。ヴォリクスは漸く観念したように口を開く。


「……ヴォリクス・ジェレミアです。あの、本当にお礼とか要らないので……それじゃ」

「うわぁっ!」


 ヴォリクスはラムディアの手を払い、自身の影へと潜り姿を消した。


「……ヴォリクス、か。」


 ラムディアの脳内に男の名がリフレインする。その響きに笑みを浮かべながら、ラムディアは自身が狩った獣を持ち帰った。

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