彷徨ⅩⅩⅠ 未来視にも視えぬ未来
「アドネリア……ちゃんと説明してちょうだい。謝罪ってどういうことなのよ。」
ザイリェン地下、アルエットは映像のアドネリアに向かって説明を求めるべく問い質した。
「もちろん、今から説明します。」
「アルエット様、何もそこまで……」
「いいえ、ルーグさん。私の魔法は未来を視る魔法。狙い通りの未来を引き寄せるために、誤算はあってはならないのです。ですから姉上様の懸念もごもっともでございます。」
「とにかく、今はまだ貴女の視た未来からズレてはないの?」
「そ、それは大丈夫です。ただ、その未来が問題と言いますか、今回の本題はそこでございまして……。」
アドネリアがふうと息を吐く。三人はその様子を見つめ言葉を待っていた。
「結論から言いましょうか。現状、私が視た通りの未来にちゃんと進んではいます。それと同時に他の6つの未来のうち5つは完全に可能性が潰れました。」
「5つ、ねぇ……」
「今のところよい報告に聞こえますが……」
「ということはつまり、その6つ目の悪しき未来が問題ということじゃな。」
「皆様、話が早くて助かります。それで、この6つ目の未来なんですが……回避する方法が私には分かりませんでした。」
「なっ……!」
アルエットとルーグは驚いた様子でアドネリアを見つめる。そこへ、ヴェトラが髭をさすりながら落ち着いた様子でゆっくりと口を開いた。
「アドネリア殿下……どうかこの老骨にも、分かるように説明をいただきたい。殿下の魔法については報告を聞いておるからなんとなくは理解したが、その残っている6つ目の未来は何が問題なんじゃ?」
「それも今から……。まあ、簡単に申しますと"未来の分岐点がわからない"んです。これまで姉上様たちにはそれぞれの分岐点のため、この数日間を使っていただきました。私が選んだ未来も、その6つ目の未来も同じです……というより、私には魔王との激突の結果以外は全く同じにしか見えませんでした。」
「ふむ……もう一度、その未来を視ることはできないのか?」
「できません……。選んだ未来なら蛇に魔力を通せば視えますが、食らった未来は二度と視ることができないんです。選んだ未来の方は今日まで何度も繰り返し視ました……新たな発見はありませんでしたが。」
「そうか……分かりやすい説明、感謝する。」
ヴェトラはそう告げると、四人は意気消沈し沈黙した。アルエットは神妙な面持ちで口を一文字に結びながら黙っていたが、徐に口を開く。
「まぁ、確実に勝てるなんて美味い話はなかったってわけね。」
「はい……すみません。」
「なんで謝るのよ。私たちはどうなろうと魔王を倒さないといけないんだから、そんなこと気にしてないわ……それでアドネリア、貴女達の準備はできているのかしら?」
「準備……アルエット様、アドネリア様達に何をさせるんですか?」
「決まっているでしょう、ルーグ。王都奪還よ。」
「なんですって!?」
「……勿論です、姉上様。3日後……皆様のジューデス突入と同時刻、コレットに駐屯している兵たちで突撃します。教皇聖下と私の指揮のもと、正教と王国の連合軍を組織済みです。」
「だそうよ、ルーグ。貴方はあとどれくらいかかるのかしら?」
「治療は完遂しました。今日この後すぐにオルデアを発ちますので、明日の夜にはそちらへ到着すると思います。」
「ザイリェンに?なんでルーグが……」
「それは私から。魔王と交戦していただく四人には一旦ザイリェンで姉上様と合流するよう伝えております。アムリス様も数日前に出発したと報告があったので、恐らく明日には姉上様と合流できるかと。ヴェトラ様、ガステイルさんはいかがお過ごしですか?」
「あー……そうじゃのう、そうなるよのう……。」
ヴェトラの要領を得ない回答に、アドネリアは眉をひそめた。ヴェトラは頭を掻きむしりながら、観念したように口を開く。
「……ガステイルは、合流できないやもしれん。」
「なんですって……」
ヴェトラの言葉に、三人は絶句する。その様子を気にかけることなくヴェトラは話を続けた。
「数日前からあの子は自分の家に引きこもっておるよ。まあ無理もないじゃろう、魔王との実力差に打ちのめされ、心を休めるため故郷へと戻ってきたはずなのに、そこで生き別れた弟と出会ってしまったんじゃからのう……。」
「ガステイルの弟が……エリフィーズにいたのか!」
「挙句その弟は150年前既に死んでいて、アンデッドとして生かされていたが術者が死に、その目の前で土の塊になってしまうと……。塞ぎ込むのも仕方ないよのう。」
「その術者って、まさか……!」
「四天王フラーヴ・アルノルディー……死霊術といえば、あ奴しかおるまい。」
アルエットはフラーヴの名を聞いて、ケイレスのことを思い出し唇を噛み締める。ルーグは慌てた様子でアドネリアに質問する。
「アドネリア様、ガステイル君がいなくても魔王と戦えるんですか!?」
「……困りました。私が見た未来では貴女達四人が魔王と対峙せねばまるで勝ち目はありませんでした。なんとしてでもガステイルさんには立ち直っていただきたいのですが……。」
「今のガステイルは皆様には預けられないね。僕の方からも説得はしてみようとは思うが……。」
「ヴェトラ様、お願いします。姉上様はどうなさいますか?」
「どうするもなにも、私たちに立ち止まる選択肢はないわよ。魔王討伐自体に失敗しても王都奪還の陽動にはなるんだから、三人でもどうにかしてやるわ。」
アルエットはそう告げるとルーグに視線を送る。ルーグはそれを見てコクリと頷き、少し微笑んだ。アドネリアはアルエットに向けて一礼する。
「では、姉上様達は三日後のジューデス突入に間に合うように合流及び出発をしてください。ヴェトラ様はなんとかガステイル様の説得を……よろしくお願いします。」
「……わかりました。」
「では、今回はこれにて。失礼いたします。」
アドネリアの締めの言葉に伴い、情報伝達魔法が途切れる。アルエットはふうと大きく息を吐き、気を引き締め決意の眼差しを覗かせた。
同時刻、エリフィーズ近郊の森、地下深く。魔道具を停止させたヴェトラは、部屋の外で佇むとある人物に向け声を投げかける。
「これでいいのかい?ガステイル。」
「……はい。」
返事と共に部屋に入るガステイル。綺麗な髪はまるで手入れがされておらずボサボサに荒れており、赤く充血した目の下には大きなクマができていた。ガステイルは俯きながらヴェトラに向かって声を絞り出す。
「すみません……族長様に、こんなご迷惑をおかけして。」
「なぁに、気にすることはないよ。ガステイルが無理をすることはないさ……君は僕の大事な秘書なんだから。」
ヴェトラはそう返しつつガステイルの近くへと行き、肩をポンと叩く。その声はガステイルを柔らかく包み込むほどに優しい声であったが、瞳の奥はまるで笑っていなかった。ヴェトラはその状態のまま、
「ただ……あのままだと、みんな死んでしまうよ。また君は守れなかったことを後悔したいのかい?」
「ッ!!」
と、ガステイルに冷たく言い放ち、部屋を出てそのまま外へと向かっていった。ガステイルは部屋の入り口で、後悔の文字が心に刻まれ立ち尽くしてしまっていた。