彷徨ⅩⅨ 旅路の終着点
エリフィーズにて。ガステイルとヴォリクスはパーシンの店を出て街を歩いていた。ガステイルは神妙な顔で黙り込み、ヴォリクスは彼の顔色を伺うように様子を見ていた。やがてガステイルが口を開く。
「……あのさ!!」
「なんだい?兄さん。」
「フラーヴが死ななきゃ、お前はずっとこのままで居られるんだろ?」
「まあ……うん。」
「だったら、俺が今から殿下に直談判して、こんな争いやめさせてくる。」
そう言って街の外へ大股で向かうガステイル。ヴォリクスは慌ててその肩を掴み、制止する。
「ちょ、ダメだよ兄さん!」
「何がダメなんだ?こんな戦争に俺たちがもう付き合う理由なんてない。そんなことよりもお前と暮らす方が大事だろ。」
「違う……違うんだ兄さん。戦争の意義とかそういう話じゃないんだ。それに、意義というなら……アルエット殿下達にはできてしまっただろ?戦争を続けなければならない理由が。」
「……俺には関係ない。俺はお前を探すために殿下に同行したんだ。お前と再会できた以上、俺はもうこのままでいい。」
死んだような目で投げやりになりながら語るガステイルの両肩を掴みながら、ヴォリクスは反論する。
「何言ってるんだ!そんな都合でアルエット殿下が今更止まるわけないだろ!!あの人たちには王都を復活させるって大義名分ができたんだ……今や、個人の意思で止めたりすることなんてできないんだよ!!」
「……」
バツが悪そうに目を逸らすガステイル。ヴォリクスはその勢いのまま言葉を続けていく。
「それに、そもそもこの話は最初から兄さんとアルエット殿下の約束事じゃないんだよ?こんなところで投げだしてしまったら……兄さんだけじゃない、"エルフの族長は約束も守れずアルエット殿下にペテン師を遣わせた愚図だ"って族長まで悪く言われてしまうんだよ!」
「それは……」
ダメだ、とガステイルは言いかけてやめる。それを口に出してしまえば、ヴォリクスを切り捨てることを肯定してしまうことになる……そう考え、ガステイルは話の方向を無理やり変えることにした。
「……だいたい、お前は魔王陣営のはずなのに、どうしてそんなに魔王を倒させたがるんだ。」
「それは……」
ヴォリクスは目を見開き、悲しそうに俯く。何かを言おうと逡巡し、目をキョロキョロと動かしている。やがて唇を噛み締め、決心したかのような様子で、口を開く。
「それは……魔王の望みは人間の滅亡だけじゃない。エルフを含めた中立種族をも狙っているからだよ。」
「は……?」
「どうやら、魔王の因縁は人間だけじゃなくエルフにもあるらしいんだ。この間、フラーヴと二人でそんな話をしていたところを聞いたんだ……フラーヴは二つ返事、人間だけじゃなくエルフの手駒が増えると喜んでいたよ。」
「なんだよ、その因縁って……」
「そこまでは分からなかった……でも、これでハッキリしただろ。もう俺には関係ないって言えたりする状況じゃないって。」
ヴォリクスはガステイルの肩を掴む手に力を込め、真剣な眼差しでガステイルを説得しようとする。しかし、ガステイルはそんなヴォリクスの手をパシと払うと、ヴォリクスに背を向けて呟く。
「はは……無理だって。あんな奴どうすればいいんだよ。俺たちが手も足も出なかったデステールがボッコボコにされてたんだぞ……あんなもん見ちまったら、刃向かう気なんてもう湧いて来なくなって……。」
「兄さん……」
「笑いたきゃ笑えよ。約束も守れない、兄のくせに弟一人も守れない、俺はそんな腑抜けなんだ。散々笑って、散々バカにしてくれればいいさ……もう一度魔王の目の前に立つことよりも、そっちの方がよっぽどマシなんだよ。」
ガステイルは自嘲気味に笑いながら胸中を吐露する。ヴォリクスの反応はなかった。
「笑えよ。」
ヴォリクスの反応はない。
「笑えって。」
反応は、無い。
「笑えって言ってるだろ!!!」
業を煮やしたガステイルは、目をかっぴらき怒鳴り散らしながらヴォリクスの方へと振り向いた。目を疑う光景が、そこには広がっていた。
「ヴォリクス……?」
倒れ伏すヴォリクスだったものの土塊。何百年もの時を経て風化し倒れ崩れてしまった彫刻のように、その土は無数の円柱に分かれ崩れ去っていた。ガステイルの呼吸が浅く、激しくなる。自らの輪郭をぼやかすように、全身から脂汗が滲んでゆく。そのまま空気と同化できればどんなに楽だっただろうか……しかし、彼は世界に拒絶されてしまった。
「うっ……お、おええ……」
ガステイルは嘔吐した。震えた足でゆっくりと土塊に向かって進むが、二三歩進んだところで足が動かなくなる。そのまま前につんのめるようにドサリと倒れる。その体勢のまま土塊に手を伸ばすが、指先すらも届かなかった。
「あ……あああ……」
ガステイルの瞳から涙がとめどなく流れる。言葉を失った哀れなエルフは伸ばした手で必死に土塊を求め、何度も手で空をきる。拳を握ったり開いたりを必死に繰り返すが、彼の手は何も掴むことはできなかった。やがて腕からも力が抜け、地面に伏した手のひらは強く地面を握る。その間にも言葉にならない慟哭を、ガステイルは発し続けていた。
ガステイルの心にまたひとつ、後悔が刻まれた。