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彷徨ⅩⅧ 親子の幸福

「さて……アル、貴女の話を聞かせてもらいましょうか。」


 ケイレス跡地、ローズマリーは彼女に抱きついて話さないアルエットの肩をぽんと叩き、離れるように促す。アルエットは身体を起こし下半身の砂を払いながらローズマリーにこれまでのことを話した。


「そう……あのときの、人間の女王に拾われて……。それでデステールはあんなに怒ってしまっているのね。」


 ローズマリーは遠くでクニシロと話すデステールの方を見ながら、アルエットに言った。デステールはその視線に気付くと、


「何か言った?」


 と二人に近寄り尋ねた。ローズマリーはデステールを手で制しながら、取り繕ったような笑顔で


「なんでもないわよ。」


 と突っぱねる。そしてアルエットの方へと再び向き直り、話を続けた。


「それにしても、アルエットが人間に育てられて、デステールが魔王につくなんて少し意外だったわね。私の血が濃いのはアルの方だから……」

「え、そうだったの!?」

「ええ。魔力を込めた声、使えるでしょ?人間の血が混ざると効果は狭く強くなるのは知っていると思うけど、人間の血の方が濃いと対象は魔族に、魔族の血の方が濃いと人間に効果を及ぼすの。だから、デステールは人間の血が濃いしアルは魔族の血の方が濃いってこと。」


 ローズマリーの説明にアルエットは目を丸くし、自分の手のひらをじっと見下ろす。


「そうなんだ……知らなかった。」

「それに、アルはずーっと私の小さい頃にそっくりだって言われてたしね。まぁ私はあんなお転婆じゃなかったんだけどね!アハハハハッ!」

「は、はは……」


 絶対嘘だ、とアルエットは思いながらローズマリーを見つめる。ローズマリーは一頻り笑うと、ふうと息を吐いて話を続けた。


「でも、あのときの人間が本当にアルを拾って帰るなんてね……。そして、ここまで育ててくれるなんて。」

「おか……じゃなかった、女王は、もう……」

「知ってる。デステールが殺したんでしょう?」


 ローズマリーは真剣な面持ちでアルエットを見つめ答えた。アルエットは体の奥底から込み上げてくる処刑の日の感情をなんとか抑えながら、ローズマリーに言葉を紡ぐ。


「……うん。ごめんなさい……私にとっては、どうしてもあの人がお母様だったんです。だから……あの人がママを殺したのを知っているのに、まだ私の心はあの人の中にあって……。」

「ふふ、馬鹿ね。分かってるわよ。私だって自分を殺した人間を許せなんて誰かに言われても無理に決まってるわ。だから、貴女も貴女の信じるように進めばいいの……私たちの仇とかそんなの、気にしなくていいから。それに……私も知っているもの、ヴェクトリア(あの子)の寂しそうな瞳を。だから、貴女がその寂しさを埋めてくれているのならそれでいいとも思ったわ。」

「ママ……でも、そしたらお兄ちゃんは……」

「そうね。恐らくこれ以降、二人が相容れることはないかもしれないわね。だから……伝えておいたわ、"私のために生きてくれて、ありがとう"って。」


 ローズマリーはデステールの方をちらと見る。デステールは二人に背を向け、腰を下ろして村の跡地を見下ろしている。


「デステールのやっていることは、今生きている魔族や人間には誰にも受け入れられることはないかもしれないようなこと……だったら、親である私が肯定して見守ってやらないと、デステールが本当に一人ぼっちになってしまうでしょう。」

「……」

「この先きっと、二人の主義主張が激突してしまうことがあるでしょう。味方になる必要はないわ……けど、デステールの生きた道そのものは、否定してあげないで欲しいの。アル……約束してちょうだい。」


 ローズマリーはそう言うと、小指だけ立てた状態でアルエットに手を突き出す。アルエットは下唇を噛みながら俯いていたが、目をゴシゴシとして拭うと、ローズマリーの小指に自分の小指を絡めながら、


「うん。頑張るよ、ママ。」


 と言って腕を振る。その様子を遠くから見つめていたクニシロは、隣にいるデステールに話しかけた。


「いいんですかぁお父様、さっきからずっと聞こえているのに聞こえてないフリなんかしちゃって。」

「いいんだよ……どいつもこいつも、余計なお世話ばっかり……。」


 そっぽを向き悪態をつくデステール。その頬に一筋、光るものが滑り落ちる。クニシロはそれを見逃さなかった。


「お父様の目にも涙……」

「やかましい……おい!」


 デステールは頬を拭いながら立ち上がり、アルエット達の方を向きながら大きな声で呼びつける。


「そろそろ頃合いだろう。満足したか?」

「……そうね。これ以上はもう、離れられなくなっちゃう。」


 徐にその場を立ち上がるローズマリー。アルエットはその様子にただならぬ予感を覚える。


「どういうこと?ママ、行っちゃうの……?」

「ごめんね、アル。私はもうこの世の住人ではない存在……今はそこの子の結界のおかげで、魂を無理やり閉じ込めて貰っている状況なの。」


 ローズマリーはクニシロを指さしながら、アルエットに語りかける。アルエットはクニシロの方を向き、目で真偽を訴えかける。


「……はい。フラーヴの死で消えたくないと願い私に縋った一人のアンデッドに、私は閉じ込める結界を展開しました……対象は、ローズマリー・ケイレスの魂。これは世界の修正力に抗う外法……故に、今も大量の維持魔力が私から流れ込んでいます。」

「そうよ……。アル、話ができてとても嬉しかったわ……ありがとうね。」


 ローズマリーはそう言うと、アルエットと唇を重ねた。何か言いたげだったアルエットは口を塞がれ、もごもごと声を発しながらもがいていた。やがてローズマリーが唇を離すと、アルエットの身体を巡る魔力が活性化する。


「これは……?」

「ちょっとしたプレゼントよ。魔族の魔力を上手く扱えてないみたいだったから、少し私の魔力を流して身体に慣らしてあげたの。妖羽化(ヴァンデルン)も他の魔法も、もう少し効率よく使えるようになるはずよ。」

「ママ……ありがとう!」


 ローズマリーは笑顔でアルエットの頭を撫でると、デステールの方を向きながら言った。


「デステール……一人ぼっちは身体に毒よ。頑張り過ぎないようにね。」

「……なんだよ、その激励。初めて聞いた。」

「フフフ……。まあでも、二人とも……あまり早くこっちには来ないように!」

「……」


 ローズマリーの言葉に、アルエットはこくりと頷き、デステールは恥ずかしげに目を逸らす。ローズマリーは目でクニシロに合図を送ると


「では……いきます。」


 そう言って結界を解除する。その瞬間、ローズマリーの魂は消え、その肉体は土塊に戻りボロボロと崩壊した。デステールはその土塊を見下ろしながら


「……僕がアンタと同じ場所に、行けるわけないだろ。」


 と呟く。そして踵を返しながら、


「クニシロ、行くぞ。」


 と告げ、ケイレスを後にする。


「待って!!」


 そこへ、アルエットの声が横槍を入れた。デステールは進みかけた足を止め、半身で目線だけをアルエットの方へと向ける。アルエットはそのデステールに向かって、物を投げつけた。


「これ、探してたんでしょ。」

「……ああ、そうか。」

「ねえ、私たち、本当に戦わなきゃいけないの?魔王を倒すのなら、手を組んだ方が早いと思うけど。」

「……目標が同じでも、僕たちは目的が違う。お前達は人間族の勝利のためを掲げているが、僕はどこまで突き詰めていこうが僕自身のためでしかない……今更、人間の味方面はできないししたくもないからな。」

「それが、どうして共闘しない理由になるのよ。」

「倒した後の話だ。結果的に手を組み魔王を倒すことができたとしよう……人々は諸手を挙げてお前達を救国の英雄として歓迎するだろう。だが僕はどうだ?元魔王軍で、なにより王都滅亡の首謀者を人間どもが受け入れると……お前は思うのか?」

「それは……」

「言い淀むとは、そういうことだ。」


 言い返せず、悔しそうな顔でデステールを見つめるアルエット。デステールはそんな彼女に背を向けながら、


「こいつは……ありがたく受け取っておく。……また会おう。」


 Destailと綴られた木の板をピラピラと指先で揺らしながら、クニシロを連れ村の跡地から出て行った。

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