彷徨ⅩⅦ 1グロスと8ダース分の久しぶり
「アルエット様……アルエット様……!!」
ぼやけた意識の中、何やら必死に叫んでいるクニシロの声が響く。アルエットは徐に目を開き、寝ぼけ眼で辺りを見回す。
「んぅ……あれ、私……どうして……」
「アルエット様!目を覚ましたんですね!!」
「うわぁっ」
体を起こそうとするアルエットに抱きつくクニシロ。ほっとした顔をしながらアルエットを強く抱き締めるクニシロに、アルエットは戸惑いながらもその背中をゆっくりとさすった。
「無事で良かったです……アルエット様。」
「こっちのセリフだよクニシロ。あれだけのアンデッドに囲まれて怪我ひとつないなんて。」
「ああ、それは……アルエット様達を投げ飛ばしたあと、いちかばちか賭けで映像結界を展開したんです。アンデッド一人一人に対して、生前の記憶を流し込んだんです。すると……私に群がっていた彼らは動きを止め、その記憶を食い入るように夢中で見続けていました。」
クニシロはその時のことを噛み締めるように思い出しながら、優しく微笑みながらアルエットに語る。
「やがて……外の戦闘が終わり、フラーヴが死ぬと同時にほぼ全てのアンデッド達もバタバタと倒れていきました。彼らは満足したような眼で私を見つめ、一部の者は涙を流しながら天へと昇って行きました。」
「そう……クニシロはまた、多くの人たちを看取ってしまったんだね。」
「ええ。ですが今回は私もとても清々しい気分でございました。死してなお彼らを苦しめる鎖を解いてやれたからでしょうか。」
「きっと、そうね。そしてそれは……誰よりも優しい貴女だからこそできた使命……。」
「いえ、そんな……誰よりも優しいだなんて、恥ずかしいですよぉ、アルエット様。」
クニシロは照れ笑いながらアルエットに腕を突き出し、いやいやといった風に手を振った。アルエットはそんな様子のクニシロにふふと笑いかけると、すっかり忘れていたことを思い出しクニシロに尋ねようと声を上げた。
「そうだ!デステールって、今どこにいる?」
「お父様は、あちらです。」
クニシロはそう言い、村の小高い丘を指さした。そこにはデステールが、一人の女の人と話をしていた。
「デステールと、あれって……誰だ?」
「……実は、アンデッド達の中に1人だけ、成仏するまいと最期まで抗っていた方がいらっしゃいました。私はその方に惹かれ、この世にどういった未練があるのか尋ねてみたんです。彼女は言いました……"もう一度この世に戻ってきたのなら、我が子達に会うまでは戻れないんです"、と。」
アルエットはその言葉を聞くなり、丘へと一気呵成に駆け出した。話の腰を折られたクニシロはアルエットの背中を追いかけようと手をのばすが、追いつけないと悟り少し口角をあげやれやれと息を吐く。
(行かなきゃ……本当に、あの人があそこにいるのなら!!行って、私の気持ちを伝えなきゃ!!)
アルエットは息も絶え絶えになりながら丘を駆け上がる。そして丘を登り切りゼェゼェと膝に手を付きながら息を整えるアルエット……それを見つめる者が二人。
「起きたか、アルエット。」
「うん、まあね。というか、私を置いて二人でお話って……ずるいわよ、デステール。」
最初に話しかけたのはデステールであった。アルエットはわざとらしく悪態をつきデステールに突っかかる。デステールは呆れ顔でため息をつきながら言葉を続けた。
「はぁ……別にお前を置いて喋ってたわけじゃないんだがな。だいたい、寝てる方が悪いんだろ。」
「はぁぁぁ!?何言って……こっちは大変だったんだからね!アンデッド達は同族だから手が出せないし、フラーヴは四天王筆頭でやたら頭が回るし……。」
「アンデッドはともかく、フラーヴは秒殺しろよ、そんなんじゃ魔王討伐なんぞできるわけ……」
「うっさいわね!自分の基準で物事を語ってんじゃないわよ!!だいたい貴方ね、クニシロちゃんを放っておいてどこほっつき歩いてたのよ!あの子は貴方の命令にずっと従ってここで待っていたのよ!!」
「どこにいたかなんぞ言えるわけないだろう?こちとら人間にも魔王にも喧嘩売ってんだ。クニシロがずっと命令に従っているのは予想外だったが、それならそれで好都合。僕のそばに居ればあいつまで攻撃されちまう。」
「だったらそれを本人に言ってやりなさいよ!」
「言えるわけないだろ!お前を守りきれないから僕から離れろなんて、ダサいったらありゃしねえ!!」
「何をおおおお!!」
「「ぐぎぎぎぎ!!!」」
「二人とも、そこまで。」
額を突き合わせ歯を食いしばりながら言い争うアルエットとデステールを無理やり引き剥がす、もう一人の女性。
「全く……何百年ぶりの顔合わせだって言うのに、私を差し置いてすぐ喧嘩だなんて、私が生きてたらこんな育て方しないんだから!!」
クニシロの言っていた"我が子に会うため成仏を拒否した女性"――ローズマリー・ケイレスはアルエットに近付き、微笑みを浮かべながらアルエットをゆっくりと撫でる。
「久しぶり、大きくなったわね……アル。」
アルエットの記憶に残っているローズマリーの顔は、つい先程クニシロの結界内で見た分しか存在していなかった。三歳までの記憶は件の戦争でトラウマとして記憶ごと封印され、当然ながら投影魔法の類も持ってはいなかったため、実際の姿を見るのは初めてに等しかった。しかし、実際に目の当たりにしたローズマリーの姿が、アルエットの奥底から封印した三年間を呼び起こした。243分の初めのたった三年間、その記憶がアルエットを突き動かす衝動となり、ローズマリーの体を襲った。
「うわっ、もう……急に抱きつかれるとびっくりするじゃない。」
「……会いたかった、ママ。」
「ふふ、私の方がもっともっと会いたかったんだから……アル!」
ちょうどその頃、丘の下からクニシロが泣き言を言いながら現れた。
「アルエット様ぁ〜話の途中でぇ、置いて行かないでくださいよぉ〜。」
しかしクニシロの訴えはアルエットの耳には届かなかった。デステールがクニシロに向かってハンドサインでこちらに来るよう伝えると、クニシロは疑問符を頭に浮かべながらデステールの隣に立った。
「……よく、無事でいてくれたな。クニシロ。」
「はい……お父様こそ。ところで、どうかしたんですか?」
「いや、その……あの空気に僕だけ締め出されてしまったみたいでな。」
「ふふ……結界術士ジョーク、でしょうか?お父様の魔法ならもっと強力な結界が作れるでしょうに。」
「お前なぁ、分かっててからかっているだろ。それに……どんな強力な結界を作っても、あの空間には太刀打ちできないさ。」
「ええ、その通りだと思います。」
「それはそうと、あの人僕のときはあんなことしなかったよ。僕の方が付き合い長いくせにさ、アルエットは忘れてたけど僕はちゃあんと皆のこと覚えてたのにさ、あの人ったら『最近どう?』とか『魔王軍では上手くやれてるの?』とか『ご飯ちゃんと食べなさいよ、自炊もすること』とかそんなことばっっっかなんだよ……ねえ、クニシロ、聞いてるの!?」
デステールはわざとらしくふくれっ面でクニシロに愚痴を零す。クニシロは眉を顰め思いっきりデステールを見下しながら、
「今この空間で一番子供なの、お父様ですよね。」
と呟いた。