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彷徨ⅩⅢ "My precious, Arlette"

 クニシロはアルエットを追いかけて小屋の扉をバタンと開けた。間仕切りの方へと向かい肩で息をしながらアルエットに追いついた。


「アルエット様ぁ、急に走り出さないで下さいよぉ……アルエット様?」

「あ、あぁ……ごめんね、クニシロ。どうしても、この瞬間が見たくて。」


 アルエットは人差し指で涙を拭きながらクニシロに笑顔で告げる。クニシロは気持ちを察した様子で微笑みながらアルエットに語った。


「もう……気をつけてくださいよぉ。お気持ちは分かりますがぁ、一応私の空間なので術士からはぐれるのは危険ですよぉ。」

「うん、気をつけるよ。」


 アルエットはそう言うと、再び両親の方へと向く。エクトルがArletteと書いた木の板をローズマリーに見せながら、二人は微笑んでいた。そのとき、ローズマリーの隣に座っていたデステールが母親の裾を引っ張り、上目遣いで見つめていた。


「どうしたの?デステール」

「う……その……」


 デステールは顔を赤らめ目を逸らし、もじもじと身体をくねらせる。ローズマリーはデステールの頬をそっと撫で、にこやかに改めて尋ねた。


「デステール、言ってくれないと分からないわよ。どうしたの?」

「……僕も、おんなじの欲しいよ。アルエットだけずるい。」

「あらあら……あなた、できそう?」

「ふっふっふ……」


 不安そうにエクトルを見つめるローズマリーに、エクトルは胸を張りながらしたり顔で新しい木の板を取り出した。エクトルがその板にデステールの名を書こうとするが、ローズマリーがその板を取りながら、


「あなたはアルエットの名前を書いたのですから、デステールの分は私が書きます。」

「えぇ!体力は大丈夫なのかい?アルエットを産んだばかりでしょ?」

「うふふ、舐めないでちょうだい。それくらい、なんてことないわよ。」


 そう言ってエクトルから筆を受け取り、ローズマリーは板に名前を刻む。"Destail"と書かれた板をデステールに渡すと、彼は目を輝かせ満面の笑みで


「ありがとう!お母さん!!」


 と告げる。エクトルは目を輝かせながら木の板を見つめるデステールに向かって言う。


「デステール、それに魔力を込めてごらん。」

「え?魔力って……こういうこと?」


 デステールは目をぎゅっと瞑り、両手に魔力を集中させて木の板に通す。すると木の板が眩い光を放った。


「うわぁ!」


 驚いたデステールが思わず木の板を投げつけてしまう。カランカランと音を立て地面に投げ出された木の板をエクトルは優しく微笑みながら拾い、デステールに渡す。木の板には傷一つついていなかった。それを見たデステールとローズマリーは唖然としていた。


「あれ……?」

「デステール、さっきそれなりの強さで投げてたはずなのに……傷一つないなんて。」

「それはだね、この板に仕込まれた魔法が関係しているんだ。」


 エクトルはしたり顔で二人に説明する。


「この板は魔力反応材というらしくてね、魔力を込めることで職人が仕込んだ魔法が発動するんだ。こいつの場合は状態を保存する魔法……だったかな。だからこうやって先に名前を書いておいて、今みたいに魔力を込めてやればこの先ずっと残る記念になるだろう?」

「父さん……」

「それなら、アルエットの分も早くやってあげなきゃ……」


 ローズマリーがエクトルに手を差し出し、木の板を受け取ろうとする。しかしそれよりも早くデステールがエクトルから板をひったくった。


「デステール!?」

「僕がやる。」

「ちょっともう……さっき貴方の分でびっくりして投げたばっかりじゃないの。」

「あれは急に光ったからびっくりしただけ!光るって分かったら大丈夫なの!」

「ローズマリー、やらせてあげようじゃないか。お兄ちゃんの初仕事だ。」

「貴方……」


 エクトルがローズマリーを宥めるのを後目に、デステールはアルエットの名前が書かれた木の板を両手で握り気を引き締める。お兄ちゃんという音の甘美な響きに上がりかける口角を押さえながら、デステールはゆっくりと魔力を込め始める。そして木の板に仕込まれた魔法が発動し輝き始めると、デステールは一瞬ビクッと肩を跳ねさせながらも、その優しい光をじっと見つめながら自分の胸元で大事そうに抱きかかえていた。


「アルエット、僕の大事な妹……」


 やがて光は少しずつ止んでいき、魔法の効果はそのままに見た目だけは元の木の板に戻っていった。その様子を見たアルエットは、クニシロに向かって言った。


「クニシロ……ちょっとこの映像の結界を止めてくれない?」

「はぁ、分かりましたぁ。」


 クニシロはそう言うと合図と共に結界を解除する。その途端、そこにあったケイレス村は霧散しただの荒れ果てた土地と化す。アルエットはそんなことには目もくれず、辺り一帯の地面を掘り出す。クニシロがアルエットのその行動に首を傾げていると、アルエットがクニシロに尋ねた。


「さっき見た木の板って、デステールが持ってたりする?」

「あ……いえ、何度かデステール様の私室に入りましたがぁ、そのようなものは見たことがありません。ただ、私が見たことないだけで持っているのかもしれませんねぇ。」

「ありがと。クニシロなら知ってるかなって思って……」


 そう言いながら地面を掘り続けるアルエット。クニシロはその様子を見つめながら、やがて何かを告げるためアルエットに近寄ろうとしたとき、アルエットの手に何か固いものが触れた。


「あぁ……うん。多分、これだ。」

「アルエット様、まさか……」


 そう言って手に触れた固いものを取り出すアルエット。243年前にかけられた魔法がそのままに、2枚の木の板はかつての戦火をやり過ごしアルエットの前に姿を現した。


「そっか……全部、本当のことなんだね。」


 不器用ながら様々な想いを込めて精一杯書かれているArletteの文字と、見たもの全てを優しく包み込むような包容力のある柔らかいDestailの文字に、二粒の雫が滴り落ちる。

 二枚の木の板を持つアルエットの手は震えていた。板が小刻みにぶつかり、カチカチと音を立てる……そんな小さな音が、アルエットとクニシロにはひどく悲しく、痛切な叫びのように聞こえていた。

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