彷徨Ⅸ 決意
時は戻り現代、ゼーレンの道場にてガステイルとヴォリクスが激突していた。しかし、
「兄さん、本気でやってくれよ。」
「チッ、お前が勝手に始めただけなのによ……」
手合わせとは名ばかりで、まるで気が乗らないガステイルをヴォリクスが一方的に攻撃していた。
「ちょこまかと……!!」
流石に頭にきたのかガステイルはまるで腰の入ってない拳を突き出す。しかし接近戦ではヴォリクスの方が一枚も二枚も上手であり、ガステイルのパンチをあっさりと避けながら自身の影に潜る。ガステイルは辺りを見回しながら影に隠れたヴォリクスの不意打ちを警戒する。その背後、ガステイルの影からヴォリクスが現れ、ナイフで斬りつける。
「くっそ……!」
「相変わらず、接近戦は苦手みたいだね……兄さん。」
なんとか直撃を避けるも小さくないダメージを受けるガステイル。よろめきながら後ずさるガステイルにヴォリクスは容赦なく追い討ちを仕掛ける。ナイフを仕舞い小さく畳んでいた槍を取り出し、ガステイルに間合いを取らせる隙を与えない。ヴォリクスの槍の猛攻を間一髪で避けながら、ガステイルはどうにかしてこの戦闘を終わらせるか考えていた。
(確かにヴォリクスの言う通り、俺の質量構築魔法とあいつの影魔法じゃ接近戦の性能は段違い。それに加えてヴォリクスの得意な槍の猛攻……どうしたもんか……)
「兄さん、そんな考え事してる暇ないでしょ!」
ヴォリクスはガステイルの足を蹴って払い、目の前に槍を突きつけた。
「これでおしまい……で、いい?」
「くっ……」
尻もちをつき槍を払えなかったガステイル。彼の目に映ったヴォリクスの表情は、寂しさと失望が同居していた。その顔を見てガステイルは、
(……何してるんだ俺は。ヴォリクスが……こいつがこんなに真剣になってたのに、フォーゲルシュタットのことをいつまでも引きずって……。)
と、拳を握りしめ俯き目をギュッと瞑る。そして再びヴォリクスを決意の眼差しで見つめながら、
「……いいや、まだ俺はやれるよ。」
そう言って、ヴォリクスの槍に触れながら爆発魔法を発動させる。爆発の勢いで無理やり間合いを取り、煙幕でお互いの姿を隠した。
「まだこんなものを……!」
「もう、お前のことで後悔なんてしたくねえからな!頑張らせてもらうッ!!」
ヴォリクスは受身を取りながら、迎撃態勢を整える。ガステイルはブツブツと呟きながら、何かの魔法の準備を整える。
(あれを使うか……ドニオの本を読んで思いついただけの、ぶっつけ本番だが!)
(どう来る……?兄さんのことだ、あの爆発だけで終わりなわけがない。そもそもあれは無理やり間合いを取るためだけの魔法……いや、煙幕をあげる必要もあったのか……?とにかく、煙幕が晴れるか……兄さんの接近を待って、カウンターだ!!)
先に動いたのは、ガステイルであった。二人を分かつ煙幕を弾丸のように貫き、そのまま質量構築魔法で作り出した剣を構えてヴォリクスに突撃する。そのあまりに単純で直線的な突撃に、ヴォリクスは一瞬戸惑うも
「残念だよ兄さん……悪足掻きもその程度でしかないなんてね!」
したり顔で自分の影に潜り込んだ。そして重なったガステイルの影から不意打ちで仕留めるべく出ようとした瞬間、
「かかったな!ヴォリクス!!」
ヴォリクスの耳にガステイルの声が離れたところから聞こえる。その瞬間、突撃してきたガステイルの身体がみるみる小さくなっていき、それに伴いヴォリクスの潜む影も小さくなっていく。
「しまった!!」
煙幕が晴れ、その向こうから歩いてくる男の姿。男――ガステイルは小さくなった自分の人形を見下ろし、それに語りかけるように口を開く。
「……質量構築魔法で作った、兄さんの形をした弾丸、か……。」
「ああ。影の出入りには十分な大きさの影が必要……だから、俺の意思で大きさを自由に変えられるモノでお前を捕まえさせてもらった。視界を奪って俺の突撃に見せかければ、慎重なお前なら影に一度避けてそのあとの不意打ちで決めるだろうと思ったんでね。」
「……あはは、やっぱり兄さんはすごいや。俺の負けです。」
ヴォリクスのその言葉を受けたガステイルは、彼自身の人形の大きさを戻し、ヴォリクスを解放する。ヴォリクスは影から抜け出すと、大の字で寝転びこれまでの真剣な表情が嘘のように、大きな声で笑い始めた。ガステイルはその様子を見ながら咳払いをし、ヴォリクスに問いかける。
「さて……ヴォリクス、なんで戻ってきたんだ?」
「兄さん、そんなことよりもさ……さっきの言葉、本当?」
「さっきの言葉?」
「うん。俺のことで後悔なんてしたくない!ってやつ。」
「え……あ、あれは、言葉の綾ってやつで……」
ガステイルは恥ずかしそうに目を逸らしながら反論する。ヴォリクスは変わらずニコニコしながらガステイルを問い詰める。
「えー。あれ、嘘だったんだ。」
「ち、違う!嘘じゃない!その……もうお前と離れ離れになるのは嫌だから、ほら!」
「あはは、冗談冗談。俺はちゃんと分かってるから……これからは二人一緒なんだし、もうなんで戻ってきたかなんてどうでも良くない?」
「それは……まあ、そうかもしれないけど……」
「お願い兄さん!俺、150年振りのエリフィーズを兄さんと満喫したいんだ!!早く街に行こうよ!!」
ガステイルはヴォリクスのゴリ押しにやれやれと言った態度でため息を一つつき、観念した様子で、
「荷物を預けてくるから、出る準備しとけよ……ヴォリクス。」
と呟き、踵を返し道場を後にする。ヴォリクスはそれを笑顔で見送った。ガステイルの姿が見えなくなった頃、ヴォリクスの後ろからゼーレンが口を開いた。
「……打ち明けなくて良かったの?」
「ええ。時間がありませんので……それよりも、兄さんと楽しい時間を過ごしておきたいと思いました。」
「そう……ガステイルちゃんも言ってたけど、後悔のないようにね。」
「もちろんです。ゼーレン様、失礼します。」
「レンちゃんよ、間違えないで。」
「流石にそれは恐縮です。改めて……失礼します。」
ヴォリクスはゼーレンに一礼し、道場を去っていった。