彷徨Ⅵ もしも貴女が■■なら
堅守たる聖剣が直撃し、ラムディアの身体が宙に舞い地面へと投げ出される。その瞬間、アムリスはラムディアの元へと勢いよく駆け出した。手に魔力を込め走りながら聖剣フレンヴェルに告げる。
「フレンヴェル、治療するから手伝って!!」
『え?いやいや、これは多分助からないよ。よく見てみなよ。』
フレンヴェルに促され改めてラムディアの身体をじっと見つめたアムリス。そのあまりの惨状に、言葉を失った。
ラムディアの全身には無数の斬り傷が刻まれていた。左目は瞼の上から斬られ潰れており、いつも身につけていた和服もずたずたに斬り裂かれている。そして何よりも目を引いたのは……欠損した左腕の肘から先と右足首であった。綺麗に透き通った赤い瞳は暗く淀み、口からはだらだらと大量の血が流れ出していた。
ラムディアは自身を治療しようと向かうアムリスを見留めると、虚空を見つめながら言った。
「治療は……やめて。無駄なことに魔力を使う必要はないわ。」
「む、無駄じゃないわ!!まだ助かるかも……」
「無駄よ、自分が一番分かるの、私これから死ぬんだって……。」
『聖剣所有者、こいつの言う通りだ。ラムディアにはもはや生命の維持を可能にするだけの魔力すら残っていない……治療してもすぐに死んでしまうだろう。』
「そんな……」
アムリスはラムディアの傍らで膝から崩れ落ち、目に涙を湛える。
「ごめんなさい……ここまで深手を負わせるつもりはなくて……」
アムリスは嗚咽混じりにラムディアの隣で告げる。ラムディアはその言葉を聞き、目を細めアムリスを見つめる。
「……変な子ね。私はこの村の人間を殺しに来たのよ……ここまでの傷を負わなかったら、滅んでたのはこの村の方だっていうのに。」
「それは……そう、だけど……」
「こないだの時もそう。人間とは相容れないのって言ったはずなのに軽率に仲間に勧誘なんてして……」
「それは、だって、貴女はそんなに、人間全てを憎み滅ぼそうと思っているようには思えなかったから……」
ラムディアは驚き目を大きく見開く。その目から大粒の涙がこぼれ始める。ラムディアは涙を必死に堪えようとしながら、込み上げた思いを言葉に託した。
「……その通りよ。私の血を狙った人間だったり25年前のラルカンバラ達だったりはともかく、何の罪もない人達を"人間だから"という理由で殺すのは……できなかった。復讐だという名目で自分を騙して言い聞かせてやり続けてきたけど、デステール様や魔王様のようにあんな強い復讐の意志を持ち続けるのは……途中で疲れてしまったの。」
「……」
「そんなとき、デステール様が野望を語ってくださったわ。人と魔族が共に生き、私やデステール様のような運命が二度と起こりえない理想郷を作る……という、夢物語をね。私は感動したわ、だから私もデステール様につき、彼と共にその世界を作るため動いたわ。」
「……けど、デステールは魔王様に反逆者として追われるようになってしまった。」
「グレニアドールの人間の反乱というオマケ付きでね。情けをかけた人間に手を噛まれたデステール様の姿を見て……次は私の番だと、そう思った。だから昔の私に戻り、人間への強い恨みを魔王様に証明する必要があった。……これが、真相よ。馬鹿な女だと笑ってくれて構わないわ。」
ラムディアは自嘲気味に笑いながら言葉を締めくくった。アムリスは口を真一文字に結んだまま、ラムディアの目から流れた涙を人差し指で救うように拭き取る。ラムディアは右手で土を掴み、笑っていた口元をギュッと噛み締めた後、再び口を開き言った。
「アムリス……だっけ、お願いがあるの。」
「……何?ラムディア。」
「私の代わりに、デステール様のことを最後まで……見届けて欲しい。」
ラムディアの言葉に、アムリスはうげっと言った様子で嫌そうな顔をする。
「私たちは敵同士なのよ?なんなのよそのお願い……。」
「だから、最後まで。貴女達とデステール様が激突して、どっちかが負けたとき……それが、どっちかの最後になるだろうから。」
「……分かったわ。」
「ごめんね、アムリス。これでもう未練は……」
ラムディアはそう言いかけ、ハッと口を閉ざし歯を食いしばる。唇を噛みながら込み上げるものを必死に抑え込むラムディアに、アムリスが告げる。
「愚痴なら、聞いてやってもいいわよ。最期くらいスッキリしたら?」
ラムディアはアムリスの言葉を聞くと、アムリスから顔を逸らし右腕で顔を隠すようにしながら、再び喋りだした。
「……私の一生って、なんだったんだろうね。自分の体質のせいで親も友達も失って、ただ自分は自分の思いのままに剣を振るったけど、たった百年ちょっとで私は何も成せないまま死んでいく……。私が生きたことで誰が得をしたの?損しか生んでないでしょう!?共に魔王様を支えようって誓った三人も全員死んで、私はこんなところで仇すら討てずに……馬鹿な特攻で犬死にって、そんな情けない死に方で、みんなにどんな顔して会えばいいのよ……。」
泣きながら気持ちを吐露するラムディアを、アムリスはただ見つめる他なかった。正座した膝の上で手を固く握り締め、全身をわななかせていた。一頻り泣き終わったラムディアは再びゆっくりと上を向き、生気のなくなった顔でゆっくりと微笑み言った。
「ごめんね、アムリス。」
「気にしないで。」
「うん……ねえ、アムリス。」
「何?」
「どうして、私たちは敵同士だったんだろうね。」
「それは……私は人間、貴女は魔族だったから……」
「そう……ね。だったら、貴女が魔族だったら良かったの……にね……」
「……それを言うなら、貴女が人間だったら、良かったんじゃないの。」
「……」
その言葉を最期に、ピクリとも動かなくなるラムディア。力なく地面に伏してしまったラムディアの右腕を、アムリスはゆっくりと拾い上げその手のひらを両手で包み込む。その腕から体温がすぅーっと引いていくのを感じながら、
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
アムリスはらしからぬほどの大きな声を張り上げた。その慟哭はアタラクシアの山々に何度も、何度も、反響し消えた。