亡国ⅩⅩⅦ 一時解散
「そうして、私たちは民衆を連れた兵たちと合流後コレット山に向かい、この集落を作りました。教皇聖下が民衆の半分をアタラクシアで一旦受け入れると仰いまして、最低限の兵士達を残してアタラクシアへと帰りました。」
時は戻り現在。アルエットはアドネリアの話を聞き、黙って考えるような素振りをしていた。
「使ったんだ、あのよく分からない魔法……」
「はい。使ったからこそここで皆様と集まることができました。」
「で、どこまで見えたのよ。」
「すみません、それは未来が変わる恐れがあるので言えません。」
「じゃあ、残りの四天王と魔王は倒せるの?」
「言えませんと言いたいところですが……そうでないとこの魔法を使った意味がありません、とだけ申し上げます。」
「それもそうね……。ガステイル達は?」
アルエットはそう言って辺りを見回す。しかしガステイルとルーグの姿は見当たらなかった。
「お二人には既に出発してもらいました。それぞれやることがございますので。」
「やること?魔王を倒す以外に何があるのよ。私たちも早く行かなくちゃ。」
「いえ……今はまだその時ではありません。姉上様とそちらのアムリス様にもそれぞれやるべきことがございますので、魔王の討伐はその後になります。」
「やるべきこと?」
「はい、お二人には……帰省をして頂きます。」
「「き、帰省!?」」
予想外のワードに、驚くアムリスとアルエット。
「帰省って、そんな悠長なこと……」
「悠長ではございません、必要なステップです。今の状態のお二人では、100%の実力を出し切っても魔王達にはまるで敵いません。」
アムリスとアルエットの表情が険しくなる。アルエットはムッとした様子でアドネリアに反論した。
「……まるでルーグやガステイルが実力だけなら問題ないとでも言いたい口ぶりね。」
「そうです。ルーグさんは今回こそ満身創痍でデステールに遅れをとる形にこそなりましたが、そもそも単身で竜を討伐する実力を持っております。ユールゲンの血の経験値を考慮しないとしても、戦闘力は申し分ありません。ガステイルさんも同様です。今回の交戦時点で彼は魔力がほぼ空だったのにも関わらず最後まで戦場に立てていたこと、そもそも彼は完全に後衛なのでほかの三人ほど近接戦闘力は問われないことから、この二人に関しては心身の回復を最優先事項とさせております。まあ、ガステイルさんはエリフィーズに戻ったらしいので、奇しくも帰省という意味ではお二人と同じのようですが。」
「……見てきたかのように詳しく話すのね。」
「はい。視てきましたから……お二人がこのまま何もせず魔王に挑み、いとも容易く敗れ死んでいった未来を。」
アルエットの嫌味を正面から切り返すアドネリア。その言葉の重さと強い眼差しに、アルエットは言葉に詰まってしまう。
「だ、だいたい帰省って言ったって私はどこに向かえばいいのよ。王都ならもう潰れちゃってるじゃないの。」
「姉上様が行くべき場所は王都ではございません。アルエット・フォーゲルの真の起源を探りに行くのです……行き先は一つしかございませんよね?」
「まさか……ケイレス村の跡地に……?」
「グレニアドールで地図を貰っているはずです。往復で約1週間……ルーグさんの怪我やガステイルさんの魔力や体力も、それくらいあればほぼ100%完治することでしょう。」
アルエットはハッとした様子でアドネリアを見つめると、大きく頷いて再び口を開いた。
「分かったわ。でも……ケイレス村に行って何をすればいいの?」
「姉上様の本当のルーツを取り戻してくれる方がそこにいるはずです。そうすれば……姉上様の妖羽化の意味をより深く知ることに繋がります。」
「妖羽化のことまで……。でもそうすれば、より妖羽化の姿で上手く戦えるってことね。」
「はい。姉上様に必要なことはそれともう一つ、戦うべき相手をきちんと見極めることです。」
「戦うべき相手を見極める……?」
アルエットはアドネリアの言葉がピンと来ず、復唱するように聞き返す。アドネリアは言葉を選びながら言う。
「はい。この戦争も最終局面です。姉上様の本当に為すべきこと、作るべき未来はなんなのか。そのために誰を倒すべきか、逆に倒す必要のない相手はいないかを取捨選択しなければなりません。ガニオの時のように無駄な戦いで体力や魔力を無駄遣いすることは絶対に避けなければいけませんので。」
「私の、本当に為すべきこと……それも、ケイレス村にいけば見つかるってわけね?」
「はい……恐らく、姉上様なら辿り着けると思います。」
「分かった。ケイレスに行くわ。」
アルエットは迷いを振り切り、アドネリアに宣言する。アドネリアがちらと後ろの方のテントに目をやると、そこから出てきた男が用意していた馬車を引きアルエットの前に現れた。
「姉上様、こちらの馬車をお使いください。」
「随分と、用意がいいわね……」
「未来は見えていますので、眠ってらっしゃる間にご用意させていただきました。くれぐれも、お気をつけていってらっしゃいませ。」
「うん……アドネリア、ありがとう。」
アルエットは少し口元を緩め、ニコリとした顔でアドネリアにお礼を告げる。そして武器と少しばかりの手荷物を持つと、馬車に乗り込んで直ちに出発した。アドネリアはアルエットを見送ると、残ったもう一人に目を向ける。
「さて、アムリスさんもそろそろ……」
「え、ええ。アタラクシアに戻ればいいのよね……。」
「アムリスさん、分かってらっしゃるとは思いますが……」
「聖剣、でしょう?」
「ええ、まあ。」
「……私はやれることをやります。」
「まあ、やってもらわないと困りますから。」
「……」
アムリスは唇を噛み締め、悔しそうに眉を顰める。
「一つだけ。聖剣は意志を持つ剣です。抜こうとする者の意志と聖剣の意志が一致しないと抜けることはありません……つまり、アムリスさんは剣を抜けた時点で剣の力を全て引き出す資質を備えていたんです。」
「その資質が分からないから、こんなに悩んでいるんです!先の戦いだって、本当に私にその資質があるなら結界を斬って女王様を助けられたんです……私が、私に力がないばっかりに、女王様も王都のみんなも守れず、アルエット様も兄妹で憎しみ合うことになってしまったんです!!」
アドネリアはアムリスの激白に目を丸くする。そして合点がいったように頷くと、再び口を開いた。
「なるほど……よく分かりました。やはりアムリスさんは聖剣を扱う資質を備えております。あとはきっかけだけ……もう一度、初心を振り返ってみたりしてはいかがでしょうか。」
「初心……?」
「はい。聖剣を抜いた日のこと……あの日は何があって、何故聖剣を抜かないといけなかったのか、そして聖剣を抜く瞬間何を思っていたのか。ご実家で心身の整理をしながら、もう一度思い出していただければ……。」
「聖剣を抜いた日のこと……」
アムリスは思い悩みながらも、当時のことを少し想起する。そして何か閃いたように
「あっ……」
と言葉を漏らすと、急いで支度を整え始めた。やがてアムリスは大きくなった荷物を背負いながら
「アドネリア殿下!お世話になりました!ありがとうございます!!!」
と大きな声で挨拶を終えると、とんでもない速さで集落を飛び出しアタラクシア方面へと走り去って行った。
「け、決断から行動までが早いなぁ……」
アドネリアは苦笑いを浮かべながら手を振ることしかできなかった。