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亡国ⅩⅩⅥ 夜④〜アドネリアの秘術

 アルエット達の応急処置を終えた正教兵の一行は、ひとまず四人を野営地まで送り届けることにした。デミスはアムリスを背負い、帰り道を歩いていく。

 五分ほど歩き、野営地まで残り六割ほどくらいの距離に差し掛かった頃、


「んぅ……」


 と声を漏らし、アムリスが初めに意識を取り戻した。デミスの背中でもぞもぞと動き辺りを見回しながら、状況把握を試みる。


「ここ、どこ……?」

「おお、アムリス。目が覚めたか。」

「え……なんで教皇様が……?私、デステールと戦ってて……って、教皇様!?!?」

「心配したんだぞアムリス。だが元気そうなら良かった。」

「ち、違います!!自分で歩けますから、降ろしてください!!」

「遠慮することはない。さっきまで大怪我してたんだ、ゆっくりそこで休みなさい。」

「いやいや恐れ多いです!!降ろしてください!お願いします!!」


 デミスは一歩も引かずに降りたがるアムリスに根負けし、彼女を地面に降ろす。嫌がるアムリスにショックを受けた様子で、デミスはしょんぼりと落ち込んでしまった。


「ワシの背中、そんなに嫌かのう……?あそこまで拒絶されると、流石にショックなんじゃが。」

「聖下、別に拒絶されたわけではないと思いますよ。」

「そうかの?」

「ええ。」


 落ち込んで小さくうずくまるデミスの頭をアドネリアが優しく撫でる。その様子をアムリスは冷めた目で見つめていた。


「なんの茶番ですか……いや、そうじゃなく、ここはどこなんですか!教皇様もどうしてこんなところに……」

「ああ、そうだな。戻りながら話すとしよう。」


 デミスはそう言って再び野営地へと出発し、これまでのことをアムリスへと語った。ルーグの使者から王都の危急を知り直ちに援軍を派遣したこと、間一髪でフォーゲルシュタット王位継承者のアドネリアを助け出したこと、そして、


「ガステイルが……ですか。」

「ああ、そこのエルフの少年が君たち三人を背負って歩いておった。王城でのことは彼から聞いたよ。デステールという魔族にまるで歯が立たなかったこと……そして、デステールのさらにその上をいくという魔王が王都に降臨したということ。」

「魔王が……?いや、それよりもアルエット様は!?ご無事なんですか!?!?」


 アムリスは慌てて他の正教兵の方へと向き、アルエットを見つけると駆け出そうとする。しかしデミスがそれを腕で制し言った。


「落ち着けアムリス。生命の危機は脱しておる。じきに意識も戻るだろう。」

「……それなら、いいんですが。」

「とにかく、王都は陥落した。女王は死に、フォーゲルシュタットは魔族に支配された……それは一番近くで見ていた君がよく分かっているはずだ。」

「……」


 デミスの言葉を聞いたアムリスの脳内、女王ヴェクトリアの断末魔がフラッシュバックする。絶望のトラウマとして刻まれた記憶に、アムリスは唇を強く噛みしめ眉間に皺を寄せる。


「アムリス?」

「……いえ、なんでもありません。ご心配おかけしました。」

「……そうか。そろそろ着くぞ。」


 デミスはそう言って指をさす。その方向には野営地が広がっていた。まばらに点いた魔道具のランプの灯りが、アムリスの緊張を優しく包み込んだ。

 デミス達は一番大きなテントにまだ意識の戻らない三人を運び、正教兵達をそれぞれのテントに戻したあと、アドネリアとアムリスを残して今後の流れを練ることにした。


「さて……これから、どうすべきかのう。」

「どうすべきって、アタラクシアに戻るのではないのですか?」

「王都の民がどれだけ生き残っているか分からぬし、アタラクシアで全員を受け入れられるとは限らんしのう。それに、アムリス達は他に行くべきところがあるじゃろう?」

「でしたら、私に占わせていただけますか?」


 アドネリアがゆっくりと手を挙げ、デミスたちに提案をする。


「貴女は……?」

「ああ、申し遅れました。私はフォーゲルシュタット嫡子のアドネリア・フォーゲルと申します。お見知り置きを。」

「あ、ありがとうございます。王国正教の修道士のアムリス・ミレアです。こちらこそよろしくお願いします。」

「してアドネリア殿下よ、占うとは一体?」

「私の特異体質を利用した魔法です。」


 アドネリアはそう言うと、懐から紙を取り出した。中央から放射状に8本の直線が引かれ、それと重なり合うように同じく中央を起点にして渦を巻くように蛇のイラストが描かれた、不思議な紙であった。アドネリアはその紙を二人に見せながら、指先から魔力を糸状に圧縮させて語る。


「この紙に、糸状にした魔力を中央の蛇に通していきます。そうすれば……私は少し先の未来であれば見えるようになります。」

「み、未来じゃと!?」

「一体、どういう仕組みなんでしょうか……?」

「厳密にいえば複数の未来の選択肢が魔力の視覚情報として表れるんです。その中で見たい未来を選んで時間を調節すれば、私たちが今どうすれば良いか分かるはずです。」

「時間の調節……ま、待ってくれ、一つずつ解説をじゃな……この絵は一体なんじゃ?魔道具か?」

「魔道具ではありませんが……私が読み取れる魔力の視覚情報に変換する翻訳機のようなものです。8本の直線は八卦という吉兆を示す記号であり、この八卦に直接未来の選択肢が映ります。真ん中の蛇は……過去から今に至る時間そのものです。」

「時間そのもの!?」

「はい。今から使う魔法はこの蛇に魔力を通し、それを栄養にし八卦を……未来を食らって貰うんです。そうすれば蛇は私たちより少し先の未来に存在する時間になるので、その蛇に込める魔力量を調節することで少し先の未来が覗けるという仕組みです。」


 アドネリアの説明に、デミスとアムリスはポカーンと口を開けて理解できずにいた。


「アルエット様とガステイルが起きてたら喜んでいたんでしょうね……。」

「姉上様にはお話したことがあります。すごく目を輝かせて聞いておられましたが、仕組み自体はどうしても分からないところが多かったと仰っていました。」

「……説明されても、この老骨には難しかったようじゃ。じゃが、今はそれに頼るほかないじゃろうな。」

「分かりました……では、輝け!『占星蜘蛛(ディヴィネートウェブ)』」


 アドネリアは糸状の魔力を絵の蛇に垂らす。渦を描き魔力が全身に行き渡った蛇は小さく吠え、一番近くの直線を貫いた。すると残りの直線が光って浮かび上がる。その瞬間、アドネリアの脳内に7つの未来の映像が繰り広げられる。


「ぐああっ、ああっ!」

「アドネリア殿下!」


 駆けつけようとするデミスとアムリスを手で制し、アドネリアは言葉を続ける。


「すみません、処理する情報が多すぎるので……私は無事ですから……」

「そ、そうか……」


 デミス達はそう言って元の場所で座りながら、アドネリアの様子を見つめる。


「……!!そんな……姉上様のお兄様が……!」

「デステールが……どうかしたの?」

「何!?そいつは魔族四天王とかいう奴ではなかったのか……?」

「詳しいことはあとで話します……今は、アドネリア殿下の様子を。」

「あ、ああ。」


 アドネリアの目から一筋の涙が零れる。そしてアドネリアは1つの未来を掴み取ると、残りを絵に戻す。すると蛇が再び少し吠え、戻した未来を全て貫いた。最後の未来を貫いたところで絵の光は消え、アドネリアの身体から力が抜ける。どさりと倒れ込むアドネリアに、二人は急いで駆けつけた。


「「王女殿下!!」」

「大丈夫です……それよりも、王都の民が合流し次第、コレット山へ出発してください!!」

「コレット山……!」

「すみません、未来が変わってはいけないので、それ以上のことは話せません。夜明け前には民が追いつきます!急いで出発の準備をお願いします!」


 デミスとアムリスは戸惑いながらも出発の準備を始めた。夜明けまでは一時間を切っていた。

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