亡国ⅩⅩⅢ 夜①〜敗走の末路
「ん……ここは……」
アルエットは目を覚まし辺りを見回す。そこはデステールと戦っていたフォーゲルシュタット城ではなく、平地に広がる小さな集落であった。傍らで聖魔法をかけているアムリスが意識を戻したアルエットに気付くと目を輝かせながら、
「皆さん!アルエット様の意識が戻りました!!」
と集落中に聞こえるくらいの声で叫んだ。その声に反応するかのごとくもっとも近い民家から包帯でぐるぐる巻きにされたルーグとガステイルが真っ先に飛び出した。
「殿下!!」
「お嬢!!!俺はもうてっきり、今回ばかりはもうダメだと……」
「ルーグ、お嬢って言うなって何回言えば……」
「あっ……すいません、アルエット様。」
「ところでここは一体どこなのよ?」
「それは……」
「コレット山の麓です……姉上様。」
ルーグ達の後ろから声がする。アルエットは身体を起こし声の主を確認すると、黒髪ショートヘアの少女がそこに立っていた。華美な服装と大人びた佇まいは身分の高さを物語り、そして何より一層目を引くのは真珠のような白く大きな瞳。アルエットは少女の姿を見ると、ほっとしたように笑みを浮かべて言った。
「アドネリア!貴女、生きていたのね!!」
「はい……ルーグさんとブラックさんが昨晩、最低限の護衛だけつけて私だけを真っ先に逃がしてくださいました。このコレット山まで来ればアタラクシアまでも近いですし、なんとか再起を図れるだろうと……。」
「良かった……貴女だけでも生き延びられていて……!!」
アルエットは少女――アドネリア・フォーゲルを強く抱き締める。
「んぅ……姉上様、苦しいです。」
「あ、ああ、ごめんねアドネリア……。それで、お母様のことなんだけど、その……。」
「分かっています。戦争をしている以上、女王とて無事では済まされないことくらい……。」
「アドネリア……」
アドネリアは無表情に淡々と言葉を続ける。もともと感情が表に出ないタイプだが、言葉の端々にこもる力と強く握りしめた拳が、彼女の想いを雄弁に語っていた。暫しの沈黙のあと、アドネリアが再び口を開いた。
「私たちも何度か追手に襲われました。攻撃は苛烈になる一方でした……王都が陥落したと確信するには十分すぎるくらい。」
「……王都は、やっぱり魔族の手に落ちたのね。」
「姉上様のせいではありません。ブラックも言っておりました。これははじめから負け戦、唯一の勝ち筋は三日耐えきり援軍を待つことだと。」
「それが、わずか半日で……」
「……一番危なかったのはその日の夜の追撃でした。護衛のほとんどがやられ、私は死なないように逃げるのが精一杯だったのですが、ついに追いつかれてしまったのです。」
アドネリアは当時の状況を、冷や汗を浮かべながら語る。
森の中をひたすら走り続けるアドネリア。迫る魔族に向けて何発か魔法を放つも、大きなダメージにはならなかった。そして、
「いだっ……!!」
アドネリアは大きな木の根に足を取られ転んでしまう。追いついた魔族たちは舌なめずりをしながらアドネリアを見つめる。
「鬼ごっこはここまでだなぁ、王女さんよォ!」
「くっ……」
「全く……俺ァ女王様くらいのが好みだったのになんでこんな子供の相手しなきゃなんねぇんだ。」
「おいおい、お前も女王の死体を見ただろ?ありゃどうにも使えねぇよ。」
「チッ、分かってんだよそんなこと……だからこいつで我慢しようって言ってんだ。」
「うそ……母上様が……?」
アドネリアは動揺し、声を震わせる。魔族たちはそんなアドネリアの様子を見て、ニンマリと笑顔を浮かべアドネリアに尋ねた。
「あぁ……そうだ、お前も聞きたいだろ?自分の母親の最期。」
「い、いやっ……」
「まあそう言うなって。あんたの母親も地獄で悲しむぜ。」
「俺たちも死体を見ただけだから詳しくは知らねぇが、いくら復讐といえどデステール様もなかなか惨いことをなさる……槍に身体を刺して串刺しなんてな。」
「は……?」
「しかも槍先が下だからな。尖ってない柄の部分が内臓を潰しながら無理やり穴を空けて進んでいくんだ。まったく……ゾッとするね。」
「ひぃっ……ううっ!」
アドネリアは顔面蒼白になり、女王の死因のあまりの惨たらしさに泣きながら吐いてしまう。魔族はそんなアドネリアの髪を掴み持ち上げる。
「おいおい、吐いちまったよ……汚ぇな。」
「まあ、そんなわけでお前の母ちゃんじゃ楽しめそうにないからよ。代わりにお前で楽しむことにするぜ!!」
「やめて!!やめてぇ!!!!」
アドネリアは必死に抵抗するが、魔族たちは力任せにアドネリアを押さえ込み、服を無理やり引き剥がそうとする。しかし、魔族がアドネリアの服に手をかけた瞬間、
「ごふぉ?」
アドネリアの背後の森から現れた一人の大男。問答無用で魔族のうちの一匹の口に大剣を突き立てる。大男は動かなくなった魔族から剣を無造作に引き抜くと、そのままもう一人の魔族を真っ二つに斬り裂いた。
「あぎゃぁ!!」
「ガッハッハッ!お嬢ちゃん、怪我は無いかぁ!?」
「あっ……足を擦りむいてしまいまして……」
「そうか……間に合ったとは言い難いが、とにかく命があってよかった。おい!誰か怪我を治してやれ!!」
大男がそう号令すると、森の中からぞろぞろと人間の兵が現れた。その内の数人がアドネリアに近付くと、彼らは聖魔法でアドネリアを治療した。
「聖魔法!?まさか貴方は……!!」
「ほっほっほ……アタラクシア教皇、デミス・ラクシアでございます。アドネリア王女殿下のお迎えに参上いたしました。」
デミスはそう言うと、治療を終えたアドネリアを自分の馬に同乗させ、兵士たちを連れ一気に森を抜けた。