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亡国ⅩⅩ 昼④〜新たなる絶望

 アムリスにゆっくりと近付いたデステールは、彼女の前髪を掴み体を持ち上げる。アムリスは表情を歪め脱出しようと手をばたつかせる。


「あうっ、ああっ」

「やめろ……デステール……」

「心配するな、すぐに三人まとめてあの世で再会させてやるよ。」


 デステールはそう言うと、アムリスの顔面に膝蹴りをかます。鼻血を出しながらよろよろと力無くふらつくアムリス。デステールはそのままアムリスの首を掴み、少しずつ力を加えていく。


「おご……あ……が……」

「くそっ……その手を離しやがれぇ!!!」


 ルーグは怒りに任せてなんとか立ち上がり、デステールに向かっていく。そしてアムリスを引き剥がそうと何度もデステールを殴る。しかしデステールにはその一切が通用することはなかった。デステールの指が少しずつアムリスに食い込んでいき、尖った爪が刺さりそこから赤い血が流れていく。まるでその血と共にアムリスの全身の力も抜けていっているかのようにアムリスはだんだん衰弱していく。そしてついに口から泡を吹き始めた。デステールはアムリスの身体をルーグへとぶつけるように投げ捨てた。


「ぐわぁっ」


 アムリスを庇うように三メートルほど飛ばされるルーグ。アムリスの下から這い出た瞬間、デステールはルーグの上に馬乗りになって拳を殴りつける。超スピードによるラッシュ……ではなく、一発ずつゆっくりと、しかしながらその全ての攻撃が必殺の威力となる拳をルーグに打ち付けていく。やがてルーグは耐え切れず意識を失ってしまう……しかしデステールは追撃の手を緩めることなく、その後何度もルーグの身体を殴りつけ、その度にルーグの身体はビクンと大きく跳ねて反応していた。デステールが飽きてルーグの元から去ったとき、ルーグの顔は血にまみれ大きく腫れ上がっていた。


「終わった。さて、あちらはどうなっているか……?」


 デステールは妖羽化(ヴァンデルン)を解除し、バルコニーへと向かい城壁の様子をうかがう。魔族の軍勢はゆっくりとではあるが、少しずつ人間の抵抗を押し潰し城壁陥落へと迫っていた。デステールはようやく、悲願達成の歓びが込み上げてくるのを感じていた。思わず頬が緩むデステールの背後、文字通り水を差すべく氷の弾丸を放った者がいた。


「……しつこい奴だ。」

「へっ、褒め言葉だぜ。」


 口を真一文字に結び振り返るデステール。満身創痍になったガステイルが左手の人差し指を向けていた。額、右の瞼、鼻から多量に出血し、右手は潰されてだらんと力無く垂れている。その姿に憐れみすら覚えたデステールは臨戦態勢を解き、ガステイルに言った。


「残りの三人を連れて街を出るんだな。全員まだ死んじゃいない。」

「嫌だね、なんとしてでも一矢報いてやる!」

「……間もなく、あの城門は落ちる。ほどなくして魔族たちがここへと大挙する。その一矢報いるとやらは、死にかけている三人の命より大事なことなのかね?」

「そ……それは……。」


 デステールに言いくるめられ、ガステイルは黙って下を向く。そしてガステイルは、唇を噛み断腸の思いでゆっくりと指を下ろした。


「……そうだ。それでいい。」

「一つ、聞かせろ。なぜお前は俺たちを……アルエット殿下を殺さない?」


 ガステイルの質問に、デステールは声を上げて笑い答える。


「愚問だな……妹を殺す人間など、兄失格だろう。」

「ッ……!!」


 デステールの答えに、ガステイルは目を大きく見開き動揺する。


「デステール……お前、」

「女王を殺したことは謝罪するつもりはない。240年間、それが全てだったからだ……だから、アルエットがこれからの人生で僕を狙い続けることは否定しない。その前に僕の理想の世界を作ってみせるさ。」

「お前の理想の世界……人魔の共存か」

「ああ。この戦争で王都を滅ぼし、ここを拠点にやがて僕が世界を統べるのさ。そして人魔の一方が不当に虐げられることのない、僕やアルエットのような存在が生まれない世界を作ってみせる。」

「……馬鹿げた理想論だな。」

「分かっているさ……馬鹿げていることも、果てなき欲望であることも。だから僕はあの時ケイレスの名を捨て……欲望(グリード)と名乗ったんだ。誰かに奪われるのは二度とごめんだと、240年間血反吐を吐きながら強くなったのだ!!」

「違うだろ……お前の本当の望みは理想論のその先で、殿下と平和を享受することだろうが。」

「なっ……!!」


 心を見透かされたデステールは動揺を見せる――正確には、それはデステールすら気付いていない願いであった。ガステイルは拳を握りしめ肩で息をしながら追い打ちをかける。


「人魔の別ない世界なら殿下のようなハーフも珍しいものじゃなくなる。今までのようないつ触れるか分からない不発弾のような扱いじゃない、"一人"として尊重される時代に変わっていく。お前の理想の基礎にあるのは、その想いなんじゃないのか?」

「知った風な口を聞くな!お前に何がわかる!!」

「分かるさ……俺にも弟がいる。生き別れた時間はお前の方が長いが、兄歴なら俺の方が上だからな。」

「なっ……」


 デステールは顔を歪め、何も言い返すことなくガステイルに背を向け、


「……さっさと失せろ!」


 そう捨て台詞を吐き、近くにあった柱を殴りつける。ガステイルはボロボロの身体を引きずりながら倒れた仲間の元へと向かい始めた。その瞬間、


「デステール……何をしておる?」


 玉座の方から響く女の声。ガステイルが玉座の方へと振り向くと、そこには一人の魔族の少女が座っていた。髪も肌も恐ろしいほどに白く、鮮やかな赤色をした大きな瞳が得体の知れなさを倍増させている。その小さな身体からバチバチと溢れる威圧感に、ガステイルは息を呑む。


「ま、魔王様……」

「なんだと……」


 同様に玉座の方へ振り返ったデステールから、最悪の答え合わせがなされた。玉座に座り頬杖をつく魔王――ネカルク・アルドネアはニヤリと笑っていた。

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