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不思議なミオラちゃん  作者: ファントム
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少女の身体で生きること

 川で溺れて助けられた少女は母親に付き添われながら、救急車で病院に運ばれて精密検査を受けた。しばらくして病院に少女のお父さんもかけつけてきた。スーツ姿で汗だくで、きっと仕事を抜けて慌てて走ってきたに違いない。

 少女に成り代わった僕は正体がバレやしないか気が気じゃなかったが、正真正銘この身体は少女のもので魂だけが転生した僕だったので、医学では正体を見破ることはできなかったらしい。


「ミオラ。何もなくて良かったわ……」


 目に涙を浮かべた女性がしきりに僕に話しかける。この人は僕が転生した少女、吉川ミオラのお母さんだ。

 僕はというと、この人になんて返せばいいかわからなくて全然喋ってなかった。下手に話して僕がミオラじゃないことがわかったらと思うと、怖くて声すら出せなかった。

 

「きっとショックを受けたのね……」


 僕は念のためということで一日入院することになった。

 ミオラのお父さんとお母さんは勝手に納得して僕を病室のベッドに寝かして帰っていった。


「やっと一人になれた」


 僕は誰もいない個室のベッドでそう呟くと鏡を探した。


「トイレにいかないと無いかな?」


 細い腕に細い脚。長い髪。それだけでもこの身体が女の子なのだと実感する。

 はぁ。こんなのだったら元の身体に転生させてもらえばよかった。そういえば元の僕の身体や家族はどうなったんだったろう?



 僕はトイレに向かう。

 おっと女子トイレの方か。自分の顔を確認した。吉川ミオラ。たしかに美少女だ。これならクラスでもモテるだろうな。人生楽勝、今まで何の苦労もしたことありませんって顔してる。……なんかちょっとムカツクよな。死んだのは可哀想だけど今は僕にこの身体を使う権利がある。


「こうなったらお互い、気持ちを切り替えていこうか」


 僕は鏡の中の少女にそう言った。

 ところで死ぬ前は思春期真っ只中だった僕だけど、この女の子の身体をどうこうしたいとはまったく思わない。全然興味が湧かないのだ。きっと性欲は魂じゃなくて身体に備わっているものなのだと思う。この身体になってから女子に全然興味が湧かない。だからといって男子が好きになるのかというとそうでもなさそうだった。きっとこの少女はまだ恋も知らなかったのだろう。


「気の毒だけど」


 この身体は僕が幸せになるために使わせてもらう。優しそうなお母さん。お父さん。裕福そうな家庭。苦労の無い生活。無限の未来。僕のためにある。

 そのためには、ちゃんと少女のように振る舞わないとね。


「にっこり。こうかな?」


 僕はトイレの鏡の前で笑顔を作ってみせた。明度の高い蛍光灯が余計に少女の笑顔の陰影を深く印象づけた。


     ◇


 退院した僕はミオラとして数日を過ごしていた。

 部屋にあった宿題の絵日記の字は下手くそだったけど、ミオラが何を好きな女の子で、どんなことを考えている子だったのか少しは伺い知れた。ピアノにバレエ。習い事の多い子だ。面倒くさいな。小学生の宿題なんか今更やっていられない。

 幸いにも今は夏休みなので、僕は疲労が抜けないと言い訳をして毎日をダラダラ過ごしていた。


「ミオラ! 買い物行きましょ! 服を買ってあげるから!」


 ミオラのお母さんが僕を呼ぶ。そうそう。ミオラはオシャレの好きな女の子だった。そりゃ、これだけ可愛ければいくらでもチヤホヤされて嬉しいもんな。きっとオシャレも楽しいだろうよ。


「わかった、今行くー!」


 生前の僕には妹がいたからそのイメージで女の子を演じている。ミオラの両親から見たらやっぱり違和感はあるみたいだけど、そこは諦めてもらうしかない。もうミオラは帰ってこないんだから。

 僕はベッドの上に無造作に投げてあった服を適当に摘まんで着た。元男子中学生の僕に少女のオシャレをこなすのは無理というものだ。

 部屋を出て階段を降りるとミオラのお母さんが言う。


「……もう。髪ボサボサじゃない。ほらこっちに来て。やってあげるから」


 ミオラのお母さんは僕を椅子に座らせて、丁寧に櫛で髪をすくとヘアゴムでツインテールに結んだ。


「ありがとう、お母さん」

「……こんなのいくらでもやってあげるから」


 ミオラのお母さんが僕を抱きしめた。


     ◇


 僕が連れられたショッピングモールは夏休みということもあって賑わっていた。

 ミオラのお母さんが可愛い子供服を選んで僕に合わせてみたり着せてみたりして、僕に感想を求める。僕は「うん、いいと思う」「可愛いのはこっちかな」なんて適当に話を合わせた。何度も言うけど元のミオラのように振る舞うことは僕には無理なのだ。元のミオラを知らないし。

 でも、ミオラのお母さんはきっとミオラが好きだったものを使って元のミオラに戻ってもらいたいのだと思う。


「私、ソフトクリームが食べたい」

「そうね……、休憩しましょう」


 僕はそれよりも、さっさと買い物を切り上げてもっと家の外の様子を観察したかった。

 このショッピングモールは生前の僕も来たことがある。生前の僕とミオラの生活圏は近い。それはわかっていた。

 しかし、今の僕は小学生の女の子。一人で勝手に出歩くことはできない。特に、様子がおかしくなった少女の身体の心配をしている両親の目を掻い潜ることは無理だ。そうなると、こういう外出の機会で得られる外の情報は貴重だった。

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