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#0 プロローグ


◆◇◆◇◆


「それじゃあ次…篠宮佳子さんどうぞ」


「はいっ!篠宮佳子です!よろしくお願いします!」


ここはエアステップアイドル専門学校、兼アイドル事務所の第一会議室。

去年の夏、エアステ現役の生徒でもある『Airiz(アイリズ)』の出した楽曲が若者を中心に大流行して、今年の入学希望者は例年とは比べ物にならないほどの数になったらしい。


その影響で今年からはオーディション形式での入学試験が実施されることになり、私は今、憧れの事務所の会議室で緊張に押しつぶされそうになりながら、3人の面接官が鎮座するテーブルの前にズラーっと30脚ほど並べられたパイプ椅子のひとつに座り自分の面接の番を待っているのだった。


「私は小さい頃から声楽やピアノ、日本舞踊を習っていたので、音楽にはちょっとだけ自信があります!」


「そうなんですね、それは期待しちゃうなー!そしたらまずは歌唱審査からお願いしようかしら」


「わかりました!楽曲は『Airiz』の"明日(あす)キミ"でお願いします!!」


明日キミとは去年Airizが大ヒットさせた『今日(きょう)のボクから明日(あした)のキミへ』のことだ。

この曲の略し方はファンの間でもいくつかの派閥に分かれていて、"今日ボク"派、"明日(あす)キミ"派、"ボクキミ"派などさまざまある。

この子は"明日キミ"派かー…もしかしたら気が合うかもなあ…!


…待って、この子めちゃくちゃ歌うまいんですけど。


これは絶対合格でしょ…!てか気が合うも何も、私がこの子と話せる機会なんてあるのか?!中学の音楽の成績ずーっと3だったこの私が!

…なんて考えてたらさっきから隣のヤンキーっぽい見た目の子がこっちをすごい睨んでる…なんだろう…コワイ。


「…おい、さっさと詰めろよ」


…えっ!?怖っ!!話しかけられたっ!!

てか詰めろってなに?!もしかして指!?小指?!私なにか落とし前つけなきゃいけないことした?!

はっ…!この子もしかしてヤンキーじゃなくて本物のヤクザ!?


「すっすいません…!!こ、小指はちょっと…ごめんなさいっ!!」


「はぁ?何言ってんのアンタ。席を詰めろって言ってんの」


あ、席のことか。確かに冷静に考えたらそりゃそうか。ヤバい、緊張しすぎて思考がパニック状態になってる…。


「はっ、はい!そそ、そうですよね…すいません!」


「キョドりすぎでしょ。次アンタの番なんだからシャキッとしなさいよ」


そう言って、ちょっとつり目で金髪の一見ヤンキーに見えるけどよく見ると整った顔立ちの美人な女の子が思いっきり背中を叩いてきた。


はあ…やっちゃった…。初対面の人をヤクザと勘違いするなんて失礼極まりないよね…。

しかもお互いオーディションを受けるライバル同士なのに心配して励ましてくれるなんてめちゃめちゃ良い人じゃん!しかも綺麗だし…っていうか、このオーディションの参加者みんな顔のレベル高くない?!さっき"明日キミ"歌ってた子も可愛かったし…。


そう思って目の前で行われている面接に視線を戻すと、歌唱審査が終わりダンス審査が始まっていた。


…すごい!この子歌だけじゃなくてダンスも上手いんだ!やっぱりこういうオーディションに受かる人って日頃から努力をしてる人だよね…。

私なんて歌は友達とカラオケで好きな曲唄うくらいだし、ダンスも家のテレビの前でアイドルのフリ付けマネてるだけだからなあ…。


「ありがとうございました。じゃあ続いて、高山由良さん。こちらへどうぞー」


「はははいっ!よ、よろしくお願いします!」


私の番だ…!どうしよう、緊張が収まらない…。


「それでは簡単に自己紹介をお願いします」


「はいっ!た、高山由良と申します!15歳です!Airizに憧れて入学希望しました!夢はドームツアーが出来るようなアイドルになることです!」


「ドームツアーかあ、それは大きな夢ですね」


よし、なんとか考えてきたことは言えたぞ!面接官の反応も良いし出だしは悪くなさそう!このままこのまま!


「じゃあ早速歌唱審査に入りたいと思います。何を唄ってくれますか?」


「はいっ!Airizの"明日の今日からボクからキミへ"…あれっ?明日のボクからキミから今日…あれっ?キミのボクから…」


「ふふっ。今日のボクから明日のキミへですね。わかりました」


ヤバい!やっちゃった!!よりにもよって看板アイドルの代表曲を言い間違えるなんて!!

…終わった。私のアイドル人生、始まる前に終わっちゃった。

もうこんな状況で唄うなんて無理だー…早くおうちに帰りたい…。


あ、明日キミのイントロが流れ出した。さっきの面接の子も明日キミって言ってたし、私も略して言えばよかった…。レストランで変わったメニューの名前でもフルネームで言っちゃうような性格がここにきて悪い方向に発揮されちゃった…。

知らない人の前で唄うなんて初めてだし、こんな気まずい状況で歌を唄わなきゃいけないのも初めてだし…どうしよう…。


そうだ、忘れよう!どうせ受かりっこないからここにいる人たちとはもう会うこともないだろうし、全部忘れよう!

そうだ!ここはおうちだ!おうちのリビングだ!

目の前にはお父さんがボーナスで買ってきた60型のテレビがあって、後ろには座り心地最高の黄色いソファー。

右手にはお母さんが昨日スーパーの安売りで買ってきたニンジンをマイクの代わりに握りしめて、アイドル衣装の代わりは作りたてでちょっと大きい高校の制服。ブレザーのボタンは開けて、スカートは膝上10cm。

ベランダにつながる大きな扉のカーテンを開くと、差し込む光は私だけを照らすスポットライト。

扉の向こうには今日このステージを楽しみにしてくれていた沢山のお客さんたち。そのひとりひとりと向き合って、一秒一瞬たりとも笑顔を絶やさずに、感謝の気持ちを心をこめたパフォーマンスで伝える。

そして今日のステージを…この歌を…胸の中の"思い出"という大切な箱に閉まっては時々取り出して眺めるような過去のモノにするのではなく、みんなにとって明日からの生きる意味になるように…輝く未来になるように…いつまでも行く先を照らし続ける太陽のように、明るくて優しいパワーを歌声とダンスを通してお客さんたちに届ける。


「…………」


あ…なんかすごい空気になってる…。

周りのこと完全に無視して好き勝手唄って踊っちゃった…どうしよう…なんて言おう…。


「あ、あの…」


「わかりました。審査は終了です。ありがとうございました」


「え…と、ダ、ダンスは…」


「結構ですよ。それでは次の方、山本江美里さん」


まあ、そうだよね。曲のタイトルは噛むわ、周りのこと考えずに唄って踊るわなんてしてたら愛想も尽かされるよね。

やっぱり私がアイドルなんて夢の見すぎだったんだ!うん、今日は頑張った!頑張ったご褒美にチサちゃんとエビグラタン食べに行こう!


「あの!さっきの"ボクキミ"って…リウちゃんパートだよねっ?!」


わ!急にちっちゃくて可愛い子が話しかけてきた!この子なんかすごい興奮してない…?めっちゃ早口だし…


「そ、そうだけど…」


「だよねだよね!サビのところで右足あげちゃうクセまで完コピしてて感動しちゃった!私Airizは箱推しなんだけど、ダンスはリウちゃんが一番好きなんだよねー!もちろん上手いのはいづなちゃんだけど、リウちゃんはアイドルって感じのダンスで可愛いよねー!!」


「あ、ありがとう…リウちゃん可愛いよね」


「だよねー!ねえ、もしよかったら今度一緒にライブ行かない?来月からツアーで全国回るから観に行こうよ!はいコレ私のLIME!」


「え?あ、ハイ…」


「じゃあもうすぐ私も面接の番回ってくるから!またねー!」


展開が早くて付いていけないっ!

出会って30秒で連絡先交換してライブ観に行くことになっちゃった…!

えっと…あの子は早苗ちゃんっていうのか…。

悪い子じゃなさそうだし、面接には落ちたけど、同じAirizファンのお友達ができたから良しとするか!うん!ライブ楽しみだなー!



◆◇◆◇◆



そうして正味30分程度の激動だったオーディションを終え、今日の出来事を真っ先に共有したい相手、チサちゃんが待つエアステの近くにあるカフェへと向かった。


チサちゃんとは幼稚園の頃からの幼馴染で、小中高と同じ学校に通う(ことになる)大親友だ。

私から見るチサちゃんは昔から落ち着いた雰囲気を纏っている大人っぽい女の子で、事あるごとにドジを踏む私をいつもフォローしてくれる同い年だけどお姉さんみたいな存在。

そんなこともあって、いつからか何かあった時は真っ先にチサちゃんに報告をするようになっていた。


「ごめん、お待たせー!」


「お疲れさまー!とりあえずミルクティーガムシロありで頼んどいたよ」


「ありがとー!お姉ちゃん!」


「その呼び方やめてよ。はいコレお店のフードメニュー。由良ご飯食べるよね?」


「もちろん!エビグラタン!!」


このお店にエビグラタンが置いてあることはリサーチ済みだ。(チサちゃんが)


「チサちゃんは何か食べる?」


「私はこの焼きそばクリームコロッケパンっていうのがちょっと気になってて…」


「えーなにそれ!?美味しそー!」


そんな会話をしていたら、店員さんがミルクティーとチサちゃんのアイスコーヒーを運んできてくれた。ミルクティーのフチにはガムシロップが注がれた銀色の小さいカップがひっかけられている。おしゃれ!


「すいません、注文いいですか?」


「はい、どうぞ」


「焼きそばクリームコロッケパン1つと…」


「私はエビグラタンお願いします!」


「かしこまりました。お姉さんはエビがお好きなんですか?」


「はい!大大大好きです!!」


「それでしたら、今日から海老カツボロネーゼバーガーっていう新作ができたんですけど、そちらはいかがですか?」


「え!じゃあそれもお願いします!!」


「アンタ頼みすぎじゃない?アイドル目指してる子がそんなに食べて大丈夫?」


「大丈夫!どうせ落ちたから!海老カツボコローゼバーガーも1つください!」


「ボコろうぜじゃなくてボロネーゼね。物騒な料理名にしないでくれる?」


「はい、かしこまりました。すぐにお持ちいたしますね」


そう言って、ブラウンを基調とした可愛いメイド服を着た店員さんはふふっと微笑み、ヒラヒラのスカートを翻して元いたキッチンへと戻って行った。


「てか、ボロネーゼ知らないのによく頼んだわね」


「エビが入ってたら何だって美味しいもん!」


「どんだけエビ好きなのよ…それより、さっき落ちたって言ってたけど、面接ダメだったの?」


ブラックのアイスコーヒーをストローで飲むチサちゃんに、今日の面接で起こった私史上最大に辛く悲しい出来事をできるだけ臨場感たっぷりに話した。歌唱審査の件をちょっと大袈裟な身振り手振りで話しているタイミングで海老カツボロネーゼバーガーと焼きそばクリームコロッケパンが運ばれてきて、また可愛いメイドの店員さんに笑われてしまった。


「…そっか。だけどまだ落ちたって決まったわけじゃないんでしょ」


「でも私だけダンスの審査やらせてすらもらえなかったんだよ?!落ちたに決まってるよー」


「そんなのわからないでしょ。まあ済んだことを気にしててもしょうがないし、とりあえずご飯食べましょ」


「そうだね。いただきまーす!」


初めての海老カツボロネーゼバーガーを頬張ると、お肉と野菜の旨みが溶け込んだボロネーゼソースが海老カツと相性抜群で、サクサクの衣の中にたっぷりと詰まったエビが噛むたびに口の中で弾けた。その瞬間私は面接のことも忘れてあっという間に幸せな気持ちでいっぱいになった。


「美味しいー!幸せ〜」


「こっちの焼きそばクリームコロッケパンも美味しいわよ」


「ホント?!ちょっと頂戴!」


「いいけど、このあとエビグラタンもくるのにそんなに食べて大丈夫?」


「大丈夫!エビは別腹だから!」


「別腹もなにもほとんどエビしか食べてないじゃない」


チサちゃんの心配もなんのその。この後に運ばれてきたエビグラタンもぺろりと平らげて、食後のデザートにケーキも追加注文しちゃいました!


「ケーキまで食べて…ホントにアイドル諦めたって感じね。由良は将来どうするの?」


「うーん、お花屋さんになろうかなー?」


「由良の家たくさんお花飾ってるもんね。良いんじゃない?」


「チサちゃんは?」


「私は洋服着るの好きだし、モデルになりたいかな」


「いいじゃん!チサちゃんスタイルいいし美人だから絶対なれるよ!」


チサちゃんは15歳にして身長170cm、小顔でショートカットの似合う高校入学前の中学生としてはちょっと浮世離れしている高嶺の花…いや雲の上のような存在だ。


「じゃあそろそろ私はジム行かなきゃだから、由良気をつけて帰ってね」


「うん、時間ない中わざわざありがと!またね!」


こうして定例報告も無事終えて、チサちゃんが帰った後に注文した焼きプリンパフェを食べ終えた私は家路に着いた。焼きプリンは焼くことによってカロリーが燃焼してなくなるから実質0カロリーだ。うん。全然大丈夫。食べたうちに入らない。


…一応帰り道ちょっとだけ走って帰った。



ーー次の日ーー



昨日は面接の緊張と疲れからか、おうちに帰ってすぐリビングのソファに倒れ込むように突っ伏し、3秒と経たずに眠ってしまった。

そしてそのまま朝を迎え、ほっぺたのヌメヌメとした感触で目が覚めた。犯人は我が家のアイドル、ゴールデンレトリバーのエルだ。


まだ頭がぼんやりとしたままぼーっとソファに座ってエルの頭を撫でていると、2階から階段を降りる足音が小さな振動とともに聞こえてきた。その振動にあわせてテレビの横に置いてある海老のような葉をつけたサボテンが葉をぴくぴくと震わせていた。昨日のエビ美味しかったなあ。


「由良、また今日もリビングのソファで寝てたの?ホントにそのソファ好きね」


そう。面接の緊張と疲れは関係なく、このソファではいつも寝ている。だって寝心地最高なんだもん。


「おかあさん、おはよー」


気のない返事もそのまま、ふと昨日の夕方頃から放置していたスマホを確認すると、早苗ちゃんからLIMEでメッセージがきていた。早苗ちゃんは面接どうだったのかな?


ピロン♪


ん、これはメールの着信音だ。

メールということは友達や知り合いからの連絡ではない、そして最近メールでやりとりをしていた相手といえば…

吹っ切れたとはいえ、やっぱり緊張はするし、ほんの少しだけ期待もしている。

そのメールを開くには心の準備が必要で、一旦目を閉じて深呼吸を2回した。それからソファから立ち上がり、意味もなくリビングをいったりきたりして心を落ち着かせる。しかし落ち着くこともないまま覚悟だけを決めて、震える人差し指で件名をタップした。



「え……受かったーー!?」



私が飛び跳ねて喜ぶたびに、またサボテンがぴくぴくと震えて本物の海老みたいに踊っていた。

こうして、私のアイドルへの道が始まったのだったー。

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