門番 (8)
スイには、ドラゴンにトドメを刺して絶対に戻ってくる。それまでペスカを見守っていてくれ、俺が戻ってこなかったら明日の朝になれば街からギルドの討伐隊が来るはずだ。その声を待って救助を求めるんだ、と伝えた。
そうなれば、ペスカは既に生きてはいないだろうが、それは言わなかった。ドラゴンにトドメを刺すという自分の口から出た言葉に現実味を感じなかったが、確かにそれは俺の口から出た言葉だったし、スイは俺を信じて頷いてくれた。
先ほどと同じ場所で、ドラゴンが眠っている。
ドラゴンは眠りにつくことで再生力が上がるらしいとは聞いていたが、断ち切られた翼と折れた剣先が突き刺さった喉以外の細かい傷はさきほどより小さくなっているように見える。今晩中にはほとんど回復してしまうだろう。飛ばれない、ブレスを吹かれない、これだけでも破格の条件だ。トドメを刺すなら、今しかない。
ドラゴンが頭を起こせば高さは俺4人分くらいか、尻尾を含めた全長は目算ではわからない。このサイズだとまだ若いドラゴンのはずだがそれでもその身から発する圧、生物としての強さは圧倒的だ。指先が震えてくる。気合を入れた、覚悟を決めたと言っても、最悪の光景を想像すると恐怖の感情が首をもたげてくる。俺は目を瞑りペスカの姿を思い出す。俺を見て笑った、アイツの顔を思い出す。なぜか、懐かしい気持ちが湧いたが、ついさきほどのことをそれほど遠く感じているのか、まだ死ぬ気はないぞと自分に言い聞かせた。
細く、深く、呼吸する。
少しずつ震えがおさまり、槍を握る手に力が戻ってくる。
街まで戻ることを考えると疾風は温存したい、が危なければ使わざるをえない。
疾風を使うと敏捷性はあがるが、その使い方には2パターンある。簡単に言えば長く使うか、短く使うか。
この森まで来た時のように長時間使う時は、全速力で走る状態を長時間維持できるようになる。へそのあたりに湧き上がる力を全身に薄く伸ばすように広げる。本来教わったのはこの使い方で、体への負担も少ない。
ドラゴンと出会った際にビビって使った時のように短時間使う時は、力を足に集中させる。これは10歩はかかる距離を1歩で行くような速さになるが非常に効率が悪く、1分持てばいいほうだ。力を全身に広げられるなら集中もできるんじゃないかと思ってコツコツと試していたら出来るようになった技だが、疾風を教わった僧侶からは信じられない顔をされつつ、上手くいっているのでいいが下手すると足が弾け飛ぶのでオススメはしないと言われた。1分で戦いを決められる確証もない。しかも今日はもう3回目だ。それより先は俺もどうなるかわからない。
幸いドラゴンは眠っているため、今なら不意打ちで攻撃できる。狙うのは一つ、剣が刺さっている喉元。あの傷が元でブレスが吐けないなら、重要な器官がある可能性が高い。というか戦った経験がないからどこをどうやって攻撃したらいいかわからない。確実に追撃を与えられる場所に槍を深く突き刺す。悲しいことに、そのあとは出たとこ勝負だ。一撃目で決まることを願う。この生物にあれだけの傷を負わせたペスカは強くなっているとは思っていたが俺が思っていた以上に化け物だ……。
静かに茂みから出て、ドラゴンまでの道筋をイメージする。
薬草が群生しているこの辺りは少し拓けていて足場は悪くない。しっかり走れるはずだ。
まっすぐ走って突き刺す。狙うのは喉元。ペスカがつけた目印だ。
俺は走り出した。
瞬間、ドラゴンが目を開いた。
万全の一撃を入れられるのは今しかない。温存だとか言っている場合じゃなかった……!
「疾風!!!」
風よりも疾く、俺の体がドラゴンに肉薄する。俺が唯一使える魔法、幾度となく窮地を救ってくれた、何百回と唱えてきた中で、ここまでのスピードが出たことはなかった。
俺は速度を落とさずドラゴンの喉に、突き刺さった剣先の横をなぞるように、深々と突き刺した。
槍を握る手に確かな手応えを感じた。
槍から手を離し後ろに一歩距離を取る。
やった……!ドラゴンを倒した!!
胸が歓喜に震える。瀕死まで追い詰められたドラゴンといえどドラゴンだ。子供の頃に夢見た英雄が頭の中に流れ、顔を上げる。殺意に満ちたドラゴンと目が合った。全身から汗が噴き出す。ドラゴンが口を開けて矮小な生物を噛み砕こうと首を伸ばしてくる。
動け体!!
なんとか全力で横っ飛びし回避する。そこにわかっていたと言わんばかりにドラゴンの体が回転し尻尾が左からすっ飛んでくる。
まずい……!!
噛みつきを避けた反動で体勢が崩れてしまっていた。回避する道が見えない。
避けきれない……!死ぬ!?
尻尾が目の前に迫ってくる。頭の中でこれまでの記憶が風のように流れていく。
これが冒険者が死ぬ前に見る夢ってやつか?
孤児だったころに食べた盗んだパンの味、森に打ち捨てられた死体から剥ぎ取った装備で冒険者に成り上がった少年時代、初めて行ったダンジョンでトラップを踏み、落ちた先でスケルトンの群れに囲まれた時、過去の出来事が頭に流れる。命からがらダンジョンから脱出したあとたどり着いた村で、やたらと親切な親父さんに助けられた俺はしばらくその村に居着いていた。謎に風格のある親父さんで、まだ体が育ち切ってなかった俺にリーチを埋めるためにと槍を薦め、手ほどきをしてくれたのもその親父さんだった。そこにいた俺に懐いていた子供。いつか追いつくからって言ってたアイツ、男の子だと思っていたが、名前はなんといったか。
「ガキとかコイツじゃなくてペスカって呼んでって言ってるでしょ!」
あれ、そうか。あの時の子供ってペスカだったのか。
死んでたまるか!!
「うおおおおおおおお!!!!!」
尻尾が当たる瞬間、左腕を盾にしながら出来うる限りの全力で吹き飛ばされるであろう方向に飛ぶ。
凄まじい衝撃を左半身に感じながら俺の体は吹っ飛んだ。
ドゴバキャッ!!
強い衝撃と共に体は止まり、俺の意識は飛んだ。