門番 (7)
なんとかスイを落ち着かせて目的地まで案内してもらった。本当はもう十分よくやったと言ってやりたかったが、状況は好転していない。アイツがまだ瀕死の状態で待っている。子供には酷だがもう一踏ん張りだけと頼むと言ったら、スイは力強く頷いてくれた。
案内してくれた場所は予想通り匂いの強い実がなる大樹の下で、他の動物が巣にでも使っていたのか根の隙間に大人でもかがめば入れるくらいの広い空間が出来ていた。風の流れで葉っぱが集まるのか天然のベッドのようになった地面の上でアイツが横になっている。スイには念の為入り口で見張ってもらって、中に入る。
「ペスカ……」
街で一番の有望株。ギルドの新星。閃剣のペスカ。ピンクブロンドの髪は短くまとめており、服装も男のような格好をするうえに男に間違われることもあるような精悍な顔立ちだが、普段は俺の周りをいっつもチョロチョロ走り回ってはからかってくる子供っぽさもある、しかし剣を振ればその一太刀で盗賊や魔獣どもを震え上がらせる。そんな、自分より一回り近く歳の離れた少女は、いつもの快活さが欠片もなく弱々しく倒れている。横に屈んで息を確認する。グッタリとして意識はなく呼吸は浅い、瀕死の状態だが、五体は満足で生きている。少し安堵する。
動かしても大丈夫か、そっと傷を確認する。
「……っ」
一番大きいのは背中で、薬草を貼り付けてなんとか血は止まっているようだが乾いた血で葉がくっついてしまっている。覆っている部分の大きさを見るにドラゴンの爪に引っかかってしまったのか、深手であることは間違いがない。さらにブレスを避けきれなかったのか、左の手足の火傷がひどい。街で一級の治癒術師に見せないと動くようになるのか怪しい。ドラゴンも瀕死の重症だったが、それ以上の重症だ。よくここまで逃げ込んできたという状態で、生きているのは集めていたこの地方の薬草の質の良さもあるだろうが、コイツ自身の生命力の強さとしか言いようがない。
「……う……あ」
俺が体を動かしたせいで傷が痛んだのかペスカが呻いた。
「もう大丈夫だ、ペスカ。お前は助かるぞ。俺が絶対に助ける。だからもう少しだけ頑張れ……!」
根拠はない。でも安心できる言葉をかけてやりたかった。
「あ……?」
ペスカが薄く目を開けた。
「ペスカ!!大丈夫だからな!絶対助けるからな!街に帰ったらなんでもしてやるから!死ぬなよ!!」
意識がハッキリとはしてないだろう、なんとか生きる気力に繋がらないかと声をかける。
「モ……バ……さ…………」
「俺がわかるか!?モンバンだぞ!!絶対に助けるからな!!」
フッと笑ってペスカはまた目を閉じた。
「ペスカ!!死ぬな!!ペスカ!!」
一瞬ヒヤッとしたが、息はしている。だが生きているのが不思議なのだ、血を流しすぎている。一刻も早く街へ連れ帰って治療しないと、いつ体から魂が離れてもおかしくない。
しかし、だ。モ……バ……さ……とはモンバンさん……だよな?俺だとわかって、笑いやがった。
なにを笑ってるんだ。そんなに俺は変な顔をしてたか。それか門番がどうしてここにって?それとも……安心して?
俺は国から依頼を受けるような冒険者でもないし天剣でもなければ雷槍でもないぞ、ただの門番だ。それなのにもう大丈夫だみたいな顔をして目を閉じるな、まったく……。
「やってやろうじゃないか」
ドラゴンはおそらくペスカを運べば目を覚まして追いかけてくる。重症者と子供を抱えて逃げるのは無理だ。しかしペスカにはもう一刻の猶予もないかもしれないし、ドラゴンもいつ目覚めてまたペスカのことを探し出すかわからない。おっさん達が討伐隊を組んでくるのは早くても明日になるだろう。ペスカが生きているとも思ってないし、俺がいないことが報告されても門番一人のために準備不足で来る訳もない。
取れる選択肢は一つだ。
わかっていた。俺がドラゴンをどうにかするしかない。スイから話を聞いた時にこうするしかないだろうと思っていた。
一刻も早くペスカを街まで連れて行かないといけない以上、ドラゴンの気を引いて逃げるだけでは駄目だ。スイだけではペスカを街には運べない。幸いにもドラゴンは瀕死状態にある。俺でもトドメを刺せる可能性があるかもしれない。ドラゴンにトドメを刺し、返す足でそのまま街まで救助を呼びにいく。そしてスイとペスカのところ救助を連れて戻ってくる。
なんて無謀な計画だ。もっと他に良い案は浮かばないのか。しかし何よりも時間がない。ペスカの命を救うには一か八かを通すしかないんだ。
出来るか、出来ないかじゃない。ペスカを救うためには、やるしかない。
瀕死とはいえ相手はドラゴンだ。ひと撫でされたら死ぬ。でもペスカが、隣で弱々しく眠る少女が、子供を守って、あそこまであのドラゴンを追い詰めたんだぞ。そんなアイツが、瀕死の状態で俺を見て笑ったんだ。
トドメくらい刺せなくてどうする。