門番 (6)
なぜ?どうしてこんなところに?疑問は湧いてきたが現実への対処に集中する。ドラゴンに気づかれるとまずい。幸い子供も状況をわかっているらしく、こっちを見つめて動かない。俺はソッとその場を離れて子供に近寄り、手でサインを作る。声を出すな、ドラゴンがいるから静かに、ここから移動する。コクリと頷いてくれた。近くにドラゴンが眠っているというのにこの落ち着き、泣きそうな顔とは裏腹に度胸があるし、頭も良さそうだ。俺たちは話せる場所まで静かに移動した。
「……もう大丈夫だ。うわっ」
子供が俺に飛びついてくる。その手は気の毒なほどガタガタと震えていた。
「あの!お姉ちゃんが死にそうで!ドラゴンがいるから動けなくて!」
「落ち着け落ち着け、死にそうな人がいるんだな。まずは話しながらそこまで行こう。」
こちらからも聞きたいことはあったがどうやら緊急性が高いらしい、落ち着かせるためにもそちらを優先する。
「は、はい!こっちです!」
焦ってはいるようだが足取りはしっかりしている。迷いなく歩き出したその足は森に慣れているようだし、どうやら木々に小さな傷をつけたり枝を折ったりして目印をつけているようで目的地まで迷うこともなさそうだ。これなら道中で話ができる。
「君の名前は?」
「スイって言います」
「お姉ちゃんってのは?」
スイは堰を切ったように話し出した。
「森に薬草を取りにきたら出会ったんですけど、そこにクークルスが飛んできて、そいつを追いかけてドラゴンが飛んできて」
クークルスってのは悪戯鳥とも呼ばれる質の悪い鳥獣で他の動物の卵を盗む。体長は成獣で1.5m~2mといったところだがさほど強くはない。ただしクークルスを見つけて卵を持っていたら絶対に余計な魔獣と遭遇する羽目になるので、急いで距離を取る必要がある。まさかドラゴンの卵を盗むヤツまでいるとは……悪戯にしても度胸がありすぎる。
「それでお姉ちゃんがドラゴンと戦い出して僕が見えないところまで行ったんですけど、すごい炎が見えたと思ったらお姉ちゃんが戻ってきて……でもすごい怪我してて……」
声に涙が滲んでいる。
「この先の木の下が広くなってて、そこで手当てをして隠れてたんですけど……一晩経ったら様子を見て街に帰ろうって言ってたけど、お姉ちゃんが起きなくなって……」
話しながらも、足を止めなかったスイの足が止まった。
「ドラゴンはいるし……お姉ちゃん置いてけないし……朝に、音がして……でも怖くて……でもお姉ちゃんが……行かなきゃって……おじさんに会って……」
段々と支離滅裂になっても、泣きながらも、それでも俺に説明してくれる。朝の音というのはおっさん達が森に来た時のものだろう。助けが来たかもしれないとは思ったが、怖くて動けなくて、ようやく勇気を振り絞って外に出た後に俺を見つけたということか。スイは俺に頭を抱えるように抱きしめられると、胸の中で声を出して泣き始めた。ずっと堪えていたのだろう、立派な子供だ。おそらく親は冒険者か狩人か、厳しく教えを受けているのが見て取れる。アイツが来るような森の奥まで薬草をとりにきてたようだし、森の歩き方に慣れすぎている。それでも子供だ。死の恐怖と闘いながら、自分を守ってくれた人をなんとか助けようと勇気を振り絞って俺を見つけた。これを幸運と呼べるか否かは俺にかかっている。
「よくやったスイ。あとは俺に任せろ。」
この子を安心させるために精一杯頼もしい声を作る。話を聞いていて確信した。お姉ちゃんとはアイツのことだ。
ドラゴンは執念深い、あれだけの傷でこの森から離れなかったのはアイツの臭いを覚えたからだろう。自分を傷つけた相手をドラゴンは許さない。隠れた木が臭いの強い木だったのか、今はバレていないようだが、動かせば追ってくるだろう。
まだアイツが生きて、いやきっと生きているから、アイツを抱えて、森を抜けて街まで運ぶしかない。しかしその間、追いつかれずに済む訳がない。ドラゴンと対峙するのは避けられないだろう。
それでも、子供を守るために竜に立ち向かった勇者を、死なせるわけにはいかないだろう。
冒険者のころ、命をかけられずに心が折れた。自分より明らかな強者を前にして逃げた。怪我もしてなかったし、手酷く負けた訳でもなかった、ただもう冒険者として続けられる気持ちがなかった。
憧れた英雄にはなれない。俺は脇役だったと思い知った。
そんな脇役でも勇者の命を救えるなら上等だ。
こんな小さな子ですら恐怖に立ち向かったんだ。
モンバンは街を守る役目だ。倒せない相手が相手でも逃げ出せるような職じゃない。
大事なものが背中にあれば逃げ出せずにいれるかもしれないと思っていた。
ここが俺にとっての門だ。後ろにはアイツとスイがいる。
今度こそだ。
覚悟を決めろ、モンバン。