門番 (3)
アイツのことは気になるが仕事はしなければならない。アイツがいないことを除けばいつも通りの門番仕事だ。それでも俺は嫌な予感を拭えないでいた。そしてこういう予感は当たって欲しくない時ほどよく当たる。
「すまない!緊急だ!通してくれ!」
顔見知りで普段は気の良い冒険者のおっさんが血相を変えて門の前まで走ってきた。禿頭髭面筋骨隆々。歳の頃は40ほど、ベテランもベテランの冒険者だ。幸い今は近場の村から出稼ぎのアテを探しに来ていた親子の通行証の発行をしていたところだった。子供がおっさんに若干怯えて父親の後ろで震えている。
「どうしたんだ。そんなに急がなくても見ればわかる通り手は空いている。待たなくてもすぐ入れるぞ?」
相応のベテラン冒険者が走ったくらいで息を上げることなんてことは無いのだが、よっぽど全力で走ってきたのか息を荒げながらおっさんが答える。
「あぁ……わかっちゃいるが、どうしてもな……通行証はこれだ、幻惑魔法等はかけられていない、ほら、これで」
おっさんが指先を浅くナイフで切る。国から仕事受けるベテランの冒険者や重要な役職にある人はごく小さな傷をつける検査キットで魔法にかけられていないか判定することがある。幻惑や偽装は繊細な魔法なので古代の魔術式でもなければ血が流れるとたちまち解ける。検査をする時は周囲の国の情勢が悪かったり対象者が所属する組織から通達があったりで普段はしていないのだが、よっぽど焦っているのか有無を言わさず傷口を俺に見せてきた。
「……あ、あぁ、そこまでしなくてもいいんだが、通行証の確認は済んだ。通って大丈夫だよ」
「そうか、そうだよな、ありがとう。それじゃあ。」
自分で指を切って少し落ち着いたのか、先ほどより冷静になった顔でおっさんは駆けていく……と思ったら戻ってきた。
突然ガバッと俺の肩に手を回して顔を近づけてくる。
「なんだよおっさん、息くせーぞ」
驚きつつ悪態をつくがおっさんは無視して小声で話しかけてきた。
「……まだ広めるなよ。どうせここにはすぐ伝わるし、ちょっと……まぁ……お前にだけは先に伝えとくが…………」
続きが聞こえてこない。言うか言うまいか悩んでるようだ。
「なんだよ、言うことがあるなら早く言ってくれ。怒られやしないだろうが上司が見てる。」
上司は俺の代わりにさきほどの家族への応対を済ませ、寄ってはこないがこちらを気にかけている様子だ。
「…………あぁ、そうだな…………ドラゴンが、でた」
「ド……!」
咄嗟に口を塞がれる。
「声に出すな。パニックになる。これからギルドマスターに伝えて方針を固める。しかもどうやら手負いだ、あれはもう追い払えん。森が半分無くなっていた、普段は自分も恵みを得る場所をあそこまで荒らすなんてことはしない。逆上してこれ以上被害が広がる前に、なんとか討伐するしか無い。」
心臓が高鳴る。目の前が白くなる。俺は青い顔になって必死におっさんの腕をタップした。
「……ん?おぉすまん」
ようやくおっさんの手が口元から離れた。鼻まで塞ぎやがって窒息しそうになったぞ。この人は自分のサイズを理解していない。
「……ハァ……・ハァ……話はわかったよ……でもおっさんもいるだろう。他にも腕の立つ冒険者は多い。この街なら何とかなるだろうさ。なんで俺に先に話した?」
聞きつつも嫌な予感がしていた。アイツとは関係ない理由であってくれ。それだけは聞きたくない。
「……坊主のな、折れた剣が見つかった」
世の中、嫌な予感ほど当たりやがる。