門番 (2)
冒険者がクエストを受けて街にしばらく戻らないのは不思議なことじゃない。急ぎのクエストでもないなら寄り道をすることはよくある。
珍しい獲物を見つけて野営することになった、偶然出会った商人や旅人に近場までの護衛を頼まれた、常設してあるフリークエストをいくつかこなして帰る、往々にしてよくある話だ。しかしアイツは軽装で薬草袋しか持ってないように見えた。普通なら当日に帰ってくる程度の荷物だし、これまではそうだった。
不安な気持ちからか早々に目覚めてしまった俺は出勤前に街の冒険者ギルドに寄ることにした。
「あら、おはようございます。モンバンさん」
まだ街の兵士も働いてない時間帯だってのにキビキビとクエスト書類の整理らしき作業をやっているこの受付嬢は、この街の冒険者たちからは大層人気があるらしい。このあたりの地方じゃ珍しい黒髪を結い上げ、少し厳しい目つきを眼鏡で抑えた知的な雰囲気は、抑えられない豊満な肉体で掻き消されて男たちの鼻の下を日々伸ばしている。
「俺の名前はモンバンじゃないがそんなことはどうでもいい。アイツは昨日帰ってきたか?」
アイツの影響で知り合いはみんな俺をモンバンと呼びやがる。モンバンがこの街に何人いると思ってるんだ。最近は上司まで俺をモンバンくんと呼ぶが上司も俺と同様にモンバンなんだから意味がわからないだろう。
「モンバンさんもあの子をアイツ呼ばわりなんだから同類ですよ」
笑いながら受付嬢が答える。
「昨日は帰ってきてないですね。私もいつもなら薬草採取のときは遅くなっても夕方には帰ってきてたから不審には思いましたが、でも……」
でもから続く言葉を察して少し気恥ずかしくなった俺は受付嬢が喋り切る前に言葉を遮った。
「俺も心配しすぎなのはわかってる。アイツはもう一端の冒険者だ。……ただちょっと、寝つきが悪くてな。早起きついでに寄ってみただけだ。」
「そこまで心配なら自分で探しにいったらどうですか?」
からかい混じりに返される。
「早起きついでだって言ってるだろう。」
「そうですか」
揶揄い混じりな微笑みが受付嬢の顔に張り付いている。話が途切れた。受付嬢も元の作業に戻り始めた。ここでそれじゃあと仕事に行ってもいいんだが、足が動かない。気恥ずかしさより胸騒ぎが勝っている。
「なぁ……」
「はい?」
これは決してアイツのことが気になるとかではなく、ただ純粋にこの街の有望な若者の行方が無事であってほしいという願いと今日1日モヤモヤとしたまま過ごしたくない俺の我儘が合わさったが故の行動だし、言ったはいいものの個人的な依頼すぎて拒否される可能性もあるし、自分でもどうまともな理由をつけて言葉にしたらいいかわからないまま
「見つけるだけでいい、アイツの無事を報告してくれ」
成人男性が出すには気持ち悪すぎる依頼が誕生した。
ドン引きすると思った受付嬢は噴き出して肩を震わせている。
案の定、依頼は拒否された。
しかし私が気になるからということで、ギルドを訪れる信頼できる冒険者にそれとなくアイツが行った森に行くクエストを振ったり、薬草採取からまだ帰ってないアイツの話題を出したりすると約束してくれた。
この受付嬢がため息一つでもついて気になると言えば、自分が受けたクエストを放っぽり出して森まで様子を見に行くやつも出てしまうだろう。街を守る門番の立場からすると困ったものだが頼もしい限りだ。少し安心できる。
もう自分にできることはない。もう十分に余計なお世話かつ迷惑なお願いをした。
俺は受付嬢に謝辞を伝え門番の仕事に戻った。